オペラ御殿 メインメニューに戻る



HANDEL
1738




FARAMONDO

HWV39
オペラ イタリア語
初演:1738年1月3日、ロンドン、ヘイマーケット国王劇場
台本:アポストロ・ゼーノの台本(1720)を第三者が改編

   体力的にも精神的にも頑強なヘンデルでしたが、ロンドンでのイタリアオペラ人気が凋落するなかでの貴族オペラとの闘争の結果、ついに1737年4月13日卒中で倒れてしまいます。一時は「右手が完全に不自由」との報道もあったほど深刻な状態だったようです。
 9月から6週間、ヘンデルはアーヘンで温泉療治をします。日に三回長風呂(アーヘンの温泉がどういったものかよくわからないのですが、蒸風呂でしょうか)をし、そしてリハビリに当地の教会でオルガン演奏。ヘンデルは奇跡的な回復を見せるます。
 こうして健康な体を取り戻したヘンデルは、10月の終りか11月初め頃ロンドンに戻ります。

 ヘンデル不在の間に、ロンドンのイタリア・オペラの状況は悲惨なものとなっていました。イタリア人歌手達はそぞろ母国に帰ってしまい、スター不在の状態でした。一方コヴェントガーデン劇場では、ヘンデルが戻ってすぐの11月16日、「ウォントリーのドラゴン」(ジョン・ランプ作曲)という「乞食オペラ」の流れを汲むバーレスク(burlesque、パロディーを用いた滑稽劇)が初演されました。これは「乞食オペラ」を凌ぐ大当たりとなり、連日劇場は大入り満員、そのシーズンだけで69回の上演があったというから驚きです。どうもヘンデル自身もこの公演を観劇し、多いに楽しんだようです。

 コヴェントガーデンが「ウォントリーのドラゴン」で沸きかえっていたため、ヘンデルはヘイマーケットの国王劇場と再度契約をし、新作の製作に意欲を駆り立てます。これが「ファラモンド」になります。
 ヘンデルは11月15日から作曲を開始します。ところが11月20日、ジョージ2世の妃、キャロライン王妃が亡くなってしまいます。ヘンデルより2歳年上の王妃は娘時代からヘンデルを良く知っていました。一説によるとヘンデルがまだ10代初頭の頃、ベルリンを訪問した時に初めて会っているといいます。少なくともハノーファー時代には彼女はヘンデルの音楽の才能に目を見開いていたはずです。英国王妃となって以降もヘンデルの有力なパトロンになり熱心に彼の音楽を擁護していました。
 12月7日、ヘンデルは王室から葬送アンセムの作曲を依頼され、「ファラモンド」の作曲を一旦中断します。ヘンデルにとっては、王妃の恩に報いるため当然のことだったでしょうが、一方で6週間もの間劇場が閉鎖するという現実的な問題もあります。わずか5日後の12日には葬送アンセム「シオンへ至る道は悲しみ」を完成。12月17日の葬儀で演奏され、この深い悲しみに満ちた曲は参列者に大きな感銘を与えました。と同時に、再起不能説まであったヘンデルの健康と音楽の才能が完全に復活したことをロンドンの大衆に大いに見せつけることとなりました。
 ヘンデルは「ファラモンド」の作曲を再開、12月24日に完成させています。

あらすじ

登場人物 ファラモンド フランク族の王、ロジモンダの恋人 クロティルデ ファラモンドの妹、アドルフォの恋人 ロジモンダ グスターヴォの娘、ファラモンドの恋人 グスターヴォ キンブリ族の王 アドルフォ グスターヴォの息子、クロティルデの恋人 ジェルナンド スエビ族の王 テオバルド グスターヴォの隊長 キルデリーコ ロジモンダの腹心 第1幕  グスターヴォは息子ズヴェーノをファラモンドに殺され、祭壇に向かってその復讐を誓っている。人々もファラモンドを亡き者にと声を上げる。 ところがグスターヴォのもう一人の息子、アドルフォはファラモンドの妹クロティルデを愛しています。一方グスターヴォの娘ロジモンダのもとへファラモンドが現れます。兄を殺した相手をロジモンダは激しく非難しますが、ファラモンドは彼女に心を引かれます。一方のロジモンダもファラモンドの気持ちが動いてしまいます。さらにファラモンドと同盟を組んだスワビアの国王ジェルナンドもロジモンダを得ようとし、二人の間に亀裂が生じます。二人は争い、ファラモンドが勝ちますが、ジェルナンドを倒さず解放します。一方グスターヴォはファラモンドを殺そうと襲いますが、クロティルデに懇願されたアドルフォによって妨害されます。息子の裏切りにグスターヴォは怒ります。グスターヴォはジェルナンドに、ファラモンドの首を取ったらロジモンダを与えると約束します。憤慨するロジモンダ。ファラモンドとロジモンダは束の間の再会をしますが、ファラモンドはグスターヴォにつかまり、アドルフォも捕らえられます。クロティルデはアドルフォを開放するようグスターヴォに働きかけ、ロジモンダは密かにファラモンドを逃がします。ジェルナンドはグスターヴォの侍従テオバルドにロジモンダを強奪する計画を打ち明けます。ファラモンドはそれを耳にします。ロジモンダが連れ去られたとの知らせにグスターヴォはアドルフォに兵を連れ娘を取り戻しに行かせます。一人になったグスターヴォをテオバルドが捕らえようとした時、顔を鎧で隠したファラモンドが救出。ロジモンダも助け出されますが、グスターヴォもファラモンドに心を開きますが、しかし息子を殺した罪を裁かなくてはなりません。まさにファラモンドに剣を上げた時、一通の手紙が。なんとズヴェーノはグスターヴォの実の息子ではなかったことが判明!ファラモンドの罪は許され、一同の喜びで幕となります。
 驚くべきどんでん返しの幕切れです。物語の前提となる“息子の殺害”がひっくり返されるのですから、御都合主義と言われても仕方ないでしょう。
 また、ヘンデルのオペラの常ですが、相当にレチタティーヴォが刈りこまれたらしく、筋の展開はかなりぎこちなくなっています。

 新しいシーズンのためにヘンデルが雇った歌手のうちの目玉は、通称カッファレッリと呼ばれたガエターノ・マヨラーノでした。彼は優れた歌手だったようですが、セネジーノやとりわけファリネッリの記憶も生々しいロンドンの聴衆には物足りなかったようで、評判は悪くなかったものの2シーズンロンドンに滞在しただけで終りました。彼の品行の悪さは有名で、後年イタリアでプリマドンナを侮辱したかどで牢獄送りになったこともあるそうです。
 カッファレッリ以外の歌手では、クロティルデを歌うエリザベス・デュパルクが優れていたくらいで、あとは以前と比べるとかなり見劣りのするキャストだったことは否めません。カストラートが一人しか使えなかったため、アドルフォとジェルナンドという二つの男役が女声に置かれています。

 正直言って、歌手の弱体はストレートに「ファラモンド」の完成度に影響しています。オペラ全体としては手堅くまとまっている印象はあるのですが、個々のアリアにヘンデルならではの醍醐味がどうも今一つ欠けるような気がします。
 もちろん素晴らしい曲はあります。第2幕でクロティルデが風に翻弄される船に例えて歌う"Combattuta da due venti"にはヘンデルらしい生き生きした躍動感があります。また同じ幕を締め括るロジモンダとファラモンドの二重唱"Vado e vivo con la speranza"は、短いながらもトラヴェルソの彩りが美しいもの。ファラモンドのアリアでは第3幕の"Voglio che sia l'indegno"での揺れ動く気持ちの表現は見事です。第3幕では、3/8拍子がさらに3連譜で分けられめまぐるしく動く中に切なさが宿るクロティルデの"Un'aula placida"も美しいものです。
 しかし最もヘンデルらしい愉悦に満ちているのは、幕切れのファラモンドのアリア"Virtù che rende si forte un core"でしょう。これはホルン2本とオーボエを伴った伸びやかで雄々しい曲で、そのまま一同のコーロへと移ります。幕切れには通常短いコーロだけを置くことが多いヘンデルにしては珍しいアリア・フィナーレに近い形で、なかなかに効果的です。

 ロンドンの聴衆にとって久々にヘンデルが劇場に現れたことは喜びだったのでしょう、「ファラモンド」は1月中に7回の公演がありました。その後5月16日に一回だけ再演があって、そして消えてしまいました。

 様々な点で状況の違いがあるとはいえ、合唱主体でほとんどアリアのない「シオンへ至る道は悲しみ」と、同時期の作品である「ファラモンド」を比べた時、行くべき道を模索しているヘンデルの様子を計ることが出来るのではないでしょうか。

Max Emanuel Cencic, Philippe Jaroussky, Sophie Karthäuser, Marina De Liso, In-Sung Sim, Xavier Sabata, Fulvio Bettini, Terry Wey
I Barocchisti, Coro della Radio Svizzera
Diego Fasolis
Lugano, 19-24 October 2008
Virgin CLASSICS 50999 2 16611 2 9

D'Anna Fortunato, Mary Ellen Callahan, Julianne Baird, Jennifer Lane, Peter Castaldi, Drew Minter, Mark Singer, Lorie Gratis
Brewer Chamber Orchestra
Rudolph Palmer
New York, Spring 1996
VOX VOX3 7356



SERSE

HWV40
オペラ イタリア語
初演:1738年4月15日、ロンドン、ヘイマーケット国王劇場
台本作家:ジョヴァンニ・ボノンチーニ作曲の「セルセ」(1694)へのシルヴィオ・スタンピーリャの台本を第三者(ヘンデル?)が改編
原作:フランチェスコ・カヴァッリ作曲の「セルセ」へのニコラ・ミナートの台本

 「セルセ」は、長いヘンデルのオペラ興行の連続の最後に位置する作品となりました。確かに彼はこの後もう二作、「イメーネオ」と「デイダミア」を発表していますが、しかしその間にヘンデルは活動をオラトリオに移してしまっていました。ですから、立続けに新作を提供するシーズンはこの1737−38のシーズンが最後となったわけです。
 さて、この「セルセ」にしても、それまでのヘンデルのオペラとは随分趣が違います。
 第一に、ブッフォの要素が導入されていること。具体的にはアルサメーネの召使エルヴィーロです。ヘンデルは決して彼のオペラにブッフォの要素を全く取り入れていなかったわけではないのですが、「セルセ」ほど効果的に積極的に取り入れている例はありません。そして主人公であるセルセも、英雄もののパロディーとなっている「愚かな王」として描かれています。「ラルゴ」として有名な冒頭のセルセのアリア"Onbra mai fu"(実際の速度表示はラルゲットなのですが)にしても、しばしば指摘されるようにこれはプラタナスの木に対して国王が大真面目に愛の歌を歌っているという間抜けな場面で(しかもその素材はボノンチーニから取られているといいます)、曲自体がふざけたものでないだけにますますトンチンカンなセルセの性格を強調していることになります。
 もう一つの特徴として、A-B-A形式のダ・カーポ・アリアがあまり重用されていないことがあります。これは台本のルーツがカヴァッリの同名の作品にあることが原因で、ヴェネツィアオペラの特徴であるアリオーゾとレチタティーヴォ交錯する進行がヘンデルの作品でもしばしば採用されています。したがって「アリアのオペラ」のように進行が停滞するようなことがなく、物語は音楽と共に流れていきます。この辺がこの作品が現代の聴衆に受け入れやすい一つの理由でしょう。
 物語は滑稽なものです。ペルシャの王セルセは軍の指揮官アリオダーテの娘ロミルダに恋をしますが、彼女はセルセの弟アルサメーネと密かに愛しあっています。ロミルダの妹アタランタもアルサメーネを愛していたため、姉とアルサメーネの仲を引き裂こうと妨害工作に出ます。一方タゴールの王女でセルセの許婚だったアマストレは、セルセに放っておかれたので、兵士に変装してペルシャにやってきています。この状況にアルサメーネの召使エルヴィーロがあれこれ活躍し、おかげでますます混乱します。結局、最後にどんでん返しがあって、アルサメーネとロミルダは結ばれ、セルセはアマストレとよりを戻します。
 各役がそれぞれ個性を持って時に突拍子なく振舞うのですが、しかしそれらは多分に人間の俗臭い部分を多いに反映しています。そうした生々しさをコミカルな味につつんで入るところに、この作品のひねりの入った面白さがあるのだと思います。
 それでも初演は5回だけで終わってしまいました。この後ヘンデルは「サウル」、「エジプトのイスラエル人」と二つのオラトリオに取り組むことで、将来の道を少しずつ決定していくことになります。ヘンデルはまだオペラを見捨てては今せんでしたが、しかしもうかれの戦いは事実上ここで終了してしまったのです。

Paula Rasmussen, Ann Hallenberg, Isabel Bayrakdarian, Sandrine Piau, Patricia Bardon, Marcello Lippi, Matteo Peirone
Les Talens Lyriques, Ludwigshafen Theatre Chorus
Christophe Rousset
Dresden, June 2000
TDK TDBA-0087(DVD)

Anne Sofie von Otter, Lawrence Zazzo, Elizabeth Norberg-Schulz, Sandrine Piau, Silvia Tro Santafe, Giovanni Furlanetto, Antonio Abete
Les Arts Florissants
William Christie
Paris, November 2003
Vergin veritas VCT 5 45711 2

Judith Malafronte, Brian Asawa, Lisa Milne, Jennifer Smith, Susan Bickley, Dean Ely, David Thomas
The Hanover Band
Nicholas McGegan
4-7 & 9 June 1997
CONIFER CLASSICS 75605 51312 2

 マッギガンはいつもながら堅実ですが、エルヴィーロの花売りの場面など、楽しんでやっています。アサワの見事なカウンター・テナーが大変印象的です。ロミルダを歌うスミスがもう少し若やいでいれば良かったのですが。

Ann Murray, Christopher Robson, Yvonne Kenny, Julie Kaufmann, Patricia Bardon, Umberto Chiummo, Jan Zinkler
Bayerisches Staatsorchester
Ivor Bolton
München, April 1997
FARAO CLASSICS B 108010

 バイエルン国立歌劇場でのライブです。編成は大分刈り込んでいるとはいえ、やや大柄な演奏なのは仕方がないでしょう。一方でライブならではの演技達者も楽しめます。
 歌手ではロミルダを歌うケニイが実に素晴らしいものです。セルセを歌うマレイも悪くありませんが、やや女性が強すぎるかもしれません。アルサメーネを歌うカウンターテナー、ロブスンがかなりマイナスとなっているのが残念です。

Carolyn Wtkinson, Paul Esswood, Ortrun Wenkel, Barbara Hendricks, Anne-Marie Rodde, Ulrik Cold, Ulrich Studer
Ensemble Vocal Jean Bridier, La Grande Ecurie et la Chambre du Roy
Jea-Claude Malgoire
Paris, March-April 1979
SONY CLASSCAL SM3K 36 941




1705 1706 1707 1708 1709
1711 1712 1713 1715 1718
1719 1720 1721 1723 1724
1725 1726 1727 1728 1729
1730 1731 1732 1733 1734
1735 1736 1737 1738 1739
1740 1741 1742 1743 1744
1745 1746 1747 1748 1749
1750 1751 1752 1757
Appendix 1 Appendix 2 Appendix 3


ヘンデル御殿のホームページに戻る

オペラ御殿 メインメニューに戻る