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HANDEL
1718




ACIS AND GALATEA

HWV 49a
マスク 英語
初演:1718年の夏頃
台本:アレグザンダー・ポープ、ジョン・ゲイ、およびジョン・ヒュージ
原作:オーヴィッド「変容」第13巻
   →ドライデンの翻訳(1717)

 1717年6月29日にオペラのシーズンが終ると、イタリアオペラの上演は一時中断状態になってしまいます。これは様々な原因がありますが、ジョージ一世に対する反対勢力(ジャコバイトなど)による政治不安も一因となっています。オペラハウスは主として仮面舞踏会に使われるようなありさまでした。
 こうした状況下、ヘンデルはパトロンを求めていました。そしてうってつけの人物と出会いました。 カーナーヴォン伯爵のジェイムズ・ブリッジズ(彼は1719年にシャンドス公爵となります)です。彼は成金で(不正に蓄財したとしばしば非難されています)、ロンドン郊外のキャノンズに壮大な館を建築中でした。そしてそれにふさわしい芸術品を金に糸目をつけず収集中だったのです。
 双方の利害が合致し、ヘンデルはブリッジズのもとで働くことになります。ただ既にヨハン・クリストフ・ペープシュが楽長に収まっていたため、特に身分はありませんでした。
 この「エイシスとガラティア」はこのキャノンズの館で上演されたマスクです。
 マスクという英国特有のジャンルはちょっと説明をしないと分かりづらいでしょう。これは本来は文字通り仮面劇だったのですが、やがて演劇を主体に、音楽、歌、踊り、パントマイムなどを盛りこんだ多彩なエンターテイメントへと発展して行きます。ただ、ヘンデルの時代にはこうしたジャンルはすでに下火でした。ですからここでのマスクという言葉は、当時大人気だったイタリアオペラに対して、英語による舞台作品を指すと言ってほぼ間違いないでしょう。実際「エイシスとガラティア」は、小規模とはいえ、十分「英語のオペラ」と言って良いものです。
 物語の本筋は1708年の「アチ、ガラテアとポリフェーモ」とほぼ同様です。ガラティアとエイシスは愛しあっていますが、巨人ポリフィーマスはガラティアに横恋慕をします。エイシスは戦いを挑むのですが、ポリフィーマスはエイシスに岩を投げて殺してしまいます。ガラティアはエイシスを泉に変えさせます。
 もとの題材は同じとはいえ、「エイシスとガラティア」は「アチ、ガラテアとポリフェーモ」の英語版ではありません。音楽的にはほとんど全く関連性がありませんし、また台本もジョン・ゲイとアレグザンダー・ポープらが中心となって新たに作成されたもので、登場人物も主用3人の他一人ないし二人のソロが加わっています。  残念ながらこの作品の初演の時期や様子などは全く伝わっていません。特に問題なのが編成で、どの楽器を何人で演奏していたのかについては様々な説があります。少なくともブリッジズの楽団にはヴィオラが欠けていたことは間違いないようです。
 音楽は基本的にアリアはA-B-Aの形式を守っており、また語りをはさまずアリアとアリアの間も歌われる、つまりレチタティーヴォを採用しているという点ではイタリアオペラの流儀を踏まえています。しかし英語で歌われることはもちろん、合唱が要所で重要な役割を担っているのは英国的です。
 こうした形態の英語のオペラはヘンデルが先駆というわけではなく、イタリアオペラの熱狂への当然の反動として1710年代の中頃にはロンドンでいくらか上演されていました。しかしヘンデルにとっては、キャノンズの屋敷の中という特殊な状況で、英語の台本に自分の音楽語法を適合させる極めて実験的な試みだったことでしょう。その点で、次の「エステル」と共に、後の英語のオラトリオへの布石として重要な作品です。
 「エイシスとガラティア」は初演の後10年以上もほったらかしにされていましたが、1730年代になって俄かに上演が盛んになります。公の場での初演は1731年3月26日リンカーンズ・イン・フィールズの劇場で行われています。この仕掛人はジョン・リッチで、ヘンデルは全く関与していませんでした。さらに1732年5月17日(と19日)にはヘイマーケットの小劇場でも上演されています。これもトーマス・アーン(息子)によるもので、ヘンデルは絡んでいません。
 こうした勝手な上演に憤ったヘンデルは、自分の作品への権利を主張しようとしてでしょうが、6月に大幅に拡大した稿を上演しています。しかしこれはイタリア語と英語がごちゃ混ぜになり、他の作品からの転用で曲数を増し、キャストを増やしたかなり不恰好なものでした。ヘンデルは1739年に再度英語だけに戻した改訂をしています。そうした関係で、若干音楽に楽譜の異動の問題があります。
 ともかく、曲の美しさ親しみやすさと上演の容易さから、「エイシスとガラティア」はヘンデルの人気作品の一つとなりました。
 音楽が素晴らしいのはもちろんです。牧歌劇ということもあって、アリアはどれも分かりやすいもの。恋人たちに美しいアリアがあるのは当然で、例えばリコーダーの小鳥のさえずりの模写が楽しいガラティアの"Hush, ye pretty warbling quire"などは耳に親しみやすい名曲でしょう。そしてここでは怪物ポリフィーマスでさえ、高いリコーダーを伴った"O ruddier than the cherry"というユーモアのあるアリアが与えられているのです。

Susan Hamilton, Nicholas Mulroy, Matthew Brook, Thomas Hobbs, Nicholas Hurndall Smith Dunedin Consort & Players John Butt

Linn Records CKD 319

 

Linda Perillo, Mark Bleeke, Florian Boesch, William Hite, Gerald Thomas Gray Musica Angelika Baroque Orchestra
Martin Haselböck
Los Angeles, 2-6 February 2007
NEW CLASSICAL ADVENTURE 60183

 

Suzie LeBlanc, Mark Bleeke, Marc Molomot, Nathaniel Watson
Les Boréades
Eric Milnes
2003
ATMA ACD2 2302

 

Sophie Daneman, Paul Agnew, Alan Ewing, Patricia Petibon, Joseph Cornwell
Les Arts Florissants
William Christie
Paris, 10-13 May 1998
ERATO 3984-25505-2

クリスティーらしく引き締まった音楽ですが、冒頭の合唱など少し締め上げ過ぎで、牧歌劇の雰囲気から離れているようにも感じられます。またポリフェーマスにはやや不満が残ります。
基本的には初演の楽譜を用いていますが、5人の歌手以外に合唱に3人を当て、二重唱の"Happy we!"の後に合唱の"Happy we!"を追加したりと、いくらか自由な扱いをしています。

Kym Amps, Robin Doveton, Angus Davidson, David van Asch
The Scholars Baroque Ensemble
London, September 1993
NAXOS 8.553188

合唱の"Happy we!"を採用せず、また"Would you gain the tender creature?"をカット、さらに若干の短縮とテンポアップで1枚に収めています。
歌手は万全というわけではありませんが、十分しっかりしたものです。

Dawn Kotoski, David Gordon, Glenn Siebert, Jan Opalach
Seattle Symphony, Seattle Symphony Chorale
Gerard Schwarz
Seattle, 4 and 5 March 1991
DELOS DE 3107

Kym Amps, Robin Doveton, Angus Davidson, David van Asch
The Scholars of London
Gijon, Spain, 5 February 1991
DORIAN DOR-93227

歌手はNAXOSのCDと全く同一、団体も、名称は微妙に異なりますが、The Scholars Baroque Ensembleと大半同じメンバーです。

Claron McFadden, John Mark Ainsley, Michael George, Rogers Covey-Crump, Robert Harre-Jones
The King's Consort
Robert King
London, 10-13 July 1989
HYPERION CDA66361/2

近年のロンドンの古楽系声楽アンサンブルの典型といった感じの、堅実でまとまりの良い演奏です。
ここでは合唱の"Happy we!"は採用されていません。5番目の歌手はカウンターテナーです。

Burrowes, Rolf Johnson, Hill, White
The English Baroque Soloists
Gardiner
London, February 1978
ARCHIV POCA-2155/6

これも合唱の"Happy we!"は採用されていません。
当時の最先端の演奏ですが、今となっては歌手のスタイルがやや古いようにも感じます。

Joan Sutherland, Peter Pears, Owen Brannigan, David Galliver
Philomusica of London, St Anthony Singers
Sir Adrian Boult
London, June 1959
DECCA 436 227-2





CHANDOS CHAN 3147

ステレオ最初期の録音。コンティヌオにサーストン・ダートが参加していることもあり、当時としては最先端の演奏です。ボールトの指揮が見事。歌手は、サザランドだけが立派。
CHAN 3147には"Scens from"とありますが、ほぼ全曲収録されています。欠けているのは、デイモンのアリア Consider, fond shepherd だけ。あと、436 227-2 には補遺としてポリフィーマスのアリア O ruddier than the cherry の別ヴァージョンが収録されていましたが、これは CHAN 3147 には収録されていません。


ESTHER
Versione 1718

HWV 50a
オラトリオ 英語
初演:1718年?
台本:おそらくジョン・アーバスノトら
原作:聖書
   →ラシーヌ「エステル」(1689)
   →トーマス・ブレレトンによる英訳(1715)

 「エスター」は聖書から題材を取った物語を英語で作曲したという意味で、後のヘンデルのオラトリオ作曲を考える時重要な布石となる作品です。ヘンデルが英語の劇的オラトリオへと方向転換をはかるのは1730年代のことですから、この作品が直接ヘンデルのオラトリオ活動へと続くものではありませんが、この時の経験が後に大きく役に立っている事は想像に難くありません。

 ヘンデルがいつどんな目的で「エスター」を作曲したか、また初演がいつどのように行われたのか、良く分かっていません。自筆譜は残されていますが、ところどころ欠落があり、ヘンデルが完成の日付を入れることの多い最後のページも欠けてしまっているので作曲年代がよくわからないのです。
 単純に考えれば、ブリッジズのキャノンズの邸宅のために作曲したように思えます。しかし「エスター」のオーケストラや合唱はは「エイシスとガラティア」と比べると著しく大規模なのです。オーボエ、ホルン2本、トランペット、ハープ、弦(ところどころヴィオラが加わっています)、合唱(S,A,T1,T2,B)という編成はブリッジズの所有する楽団ではまるで不足しており、上演するためはロンドンから多くのメンバーを連れてこなくてはならないのです。ブリッジズがそこまでしてこの作品を館で上演させた可能性は低いだろう、と考えられています。
 そうかといって、ヘンデルがロンドンのために作品を書いたという証拠もありません。
 こうしたこの作品の成立の謎を解く鍵は、作品そのものにあります。  以下にレチタティーヴォを除いた各曲のオーケストラ編成を一覧にしてみました(簡略化のために、低弦およびコンティヌオは全てBassiとしています)。

第1場OvertureOboe, Vn1, Vn2, Bassi
Aria
"Pluck root and branch from out the land"
Haman
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Chorus
"Shall we of the God of Israel fear?"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
第2場Aria
"Tune your harps to cheerful strains"
First Israelite
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Chorus
"Shall we of servitude complain"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Aria
"Praise the Lord with cheerful noise"
Israelite Woman
Vn, Vl, Harpa, Bassi
Aria
"Sing songs of Praise, bow down the knee"
Second Israelite
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Chorus
"Shall we of servitude complain"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
第3場Chorus
"Ye sons of Israel mourn"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Aria
"O Jordan, Jordan, sacred tide"
Priest of the Israelites
Vn1, Vn2, Bassi
Chorus
"Ye sons of Israel mourn"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
第4場Aria
"Dread not, righteous Queen, the danger"
Mordecai
Vn, Bassi
Aria
"Tears assist me, pity moving"
Esther
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
Chorus
"Save us, O Lord"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Bassi
第5場Dduet
"Who calls my parting soul from death?"
Vn1, Vn2, Bassi
Aria
"O beauteous Queen"
Ahasuerus
Fg1, Fg2, Vn, Bassi
Aria
"How can I stay when love invites"
Ahasuerus
Ob, Vn, Bassi
Chorus
"Virtue, truth and innocence"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Vn1, Vn2, Vl, Bassi
Arioso
"Jehovah, crown'd with glory bright"
Priest of Israelites
Oboe, Hr1, Hr2, Vn1, Vn2, Vl, Bassi
Chorus
"He comes, he comes to end our woes"
S, A, T1, T2, B
Oboe, Hr1, Hr2, Vn1, Vn2, Vl, Bassi
第6場Arioso
"Turn not, O Queen"
Haman
Vn1, Vn2, Vl, Bassi
Aria
"Flattring tongue, no more I hear thee!"
Esther
Oboe, Vn, Bassi
Aria
"How art thou fall'n from thy height!"
Haman
Oboe, Vn, Bassi
Chorus
"The Lord our enemy has slain"
S, A, T1, T2, B
Tr, Vn1, Vn2, Vl, Bassi


 青字の部分が、ブリッジズの楽団では調達できなかったであろう楽器です。
 このように見てみると、大方の曲はブリッジズの楽団で可能な編成、即ちオーボエにヴィオラを抜いた弦楽器群、チェンバロ、そして少数の合唱で上演できるようになっていることが分かります。こうした部分がキャノンズの館での上演を目的として作曲されたであろうことは疑う余地はないでしょう。
 一方、ハープに二本のファゴット、二本のホルン、トランペットなどの楽器は散発的に使われています。これらは、ブリッジズの楽団より大きな編成のオーケストラを想定してヘンデルが新たに書いたものか、あるいは旧作からの転用ということになるのではないでしょうか。
 こうしたことから、「エスター」は、当初キャノンズの館で上演するために作曲されたものの、何らかの事情でそれが不可能となったため、ヘンデルは編成の制限を受けず新たに曲を追加して完成したのではないだろうか、と推測されています。
 何分にも裏付ける資料がないので推測の域を出ないでしょうが、ありうる話だと思います。

 さて、前置きが長くなりましたが、物語は紀元前4世紀のペルシャを舞台にしています。
 ハマンは兵士たちにペルシャに捉えられているイスラエル人の皆殺しを命じます。一方、ペルシャの王アハスラスがイスラエルの娘エスターと結婚することとなり、イスラエル人たちは喜び神を称えます。しかしイスラエル人の祭司がハマンの命令を伝え、一同は一転絶望に陥ります。エスターが育ての親であるモルデカイに尋ねると、モルデカイは原因は自分にあり、そしてエスターに王に懇願するよう訴えます。許可なく王の前に立つものは死罪となるのでためらうエスターをモルデカイは励まし、エスターは王に会いに行きます。アハスラスは突然のエスターの出現に驚きます。エスターは緊張の余り気を失ってしまいます。王はエスターを介抱し、愛する人の願いを聞きいれ、宴に出席することにします。宴の席でエスターはかつてモルデカイが王の命を救ったこと、そのモルデカイの命を今ハマンが狙っていることを告発、アハスラスはハマンを捕らえさせ、一同喜びとなります。
 台本作者は、はっきりと分かっているわけではありませんが、1740年代のいくつかの歌詞本には台本作家としてアーバスノトの名があることから、彼を中心に、当時ヘンデルと交流のあったアレクサンダー・ポープらの手が加わっているのではないかと推測されています。

 全体は6つの場面に分かれており、それらの中である程度物語は連続しています。しかし全体的には話がぶった切りになっていてギクシャクしているのは否めません。また困ったことに主役であるエスターは後半、第4場にならないと登場しませんし、また物語の鍵を握る国王アハスラスも事実上第5場にしか出番がありません(第6場ではレチタティーヴォのみ)。しかも彼は二重唱、アリア、アリアと3つ続けて歌うのです。ドラマの効果を考えればなんとも稚拙な配置と言わざるを得ません。こうした点から、例えばホグウッドはこの作品について「ドラマや動機づけは雑である」と述べています。
 確かにその通りですが、それを補って余りあるのがヘンデルの音楽の素晴らしさです。
 例えば第1場の第1のイスラエル人が歌う"Tune your harps to cheerful strains"では、チェンバロを外し弦のピッツィカートにオーボエとテノールの声がやわらかに調和していますし、第1のイスラエルの娘が歌う"Praise the Lord with cheerful noise"では、ハープの淀みない流れに弱音器つきのヴァイオリン、さらにコントラバスを外しヴィオラとチェロでバスパートを支えるなど、音色に対する工夫が見られ、華やかさを存分に引出しています。
 ヘンデルはそれぞれの役の心情の変化をかなり克明に書き分けています。例えばエスター(彼女にはアリアは2つしかありませんが)は、第4場でモルデカイに励まされつつも不安を隠し切れない"Tears assist me, pity moving"、第5場で王の前に現れ緊張の余り気が遠くなり息も絶え絶えになる二重唱(これはブロッケス受難曲からの転用)と弱さを持っていたのに対して、ハマンを糾弾する"Flattring tongue, no more I hear thee!"では一転、強い意思を持った女性として描かれています。
 一方アハスラスは、二重唱からエスターを介抱するアハスラスの優しさが二本のファゴットの柔らかい音で表されている"O beauteous Queen"、さらに彼女の願いを聞き届け明るく歌う"How can I stay when love invites"と、表情が浮かぶほど変化をつけています。もちろん、ハマンの最初のアリアと最後のアリアでは全く異なった色彩になっています。
 加えて合唱にヘンデルが力を注いでいることも忘れてはなりません。第5場の最後に置かれている祭司の"Jehovah, crown'd with glory bright"と続く合唱の"He comes, he comes to end our woes"では二本のホルンが加わっており、勇壮な力強さを獲得しています。また締め括りの10分を越す合唱には、既に「メサイア」ヘ至る扉が開けたことを感じ取ることが可能です。
 合唱を用いないイタリア語のオペラセリアの世界にどっぷり使っていたヘンデルが、英国伝統の合唱の威力に多いに刺激を受けている様子がうかがえます。

Lynda Russell, Thomas Randle, Mark Padmore, Michael George, Nancy Argenta, Michael Chance, Matthew Vine, Simon Berridge, Robert Evans, Simon Birchall, Anthony Robson
The Sixteen, Orchestra of The Sixteen
Harry Christophers
London, 18-22 May 1995
COLLINS CLASSICS 70402

現在は The Sixteen の自主製作レーベル CORO から再発されています。

Patrizia Kwella, Anthony Rolfe Johnson, Ian Partridge, David Thomas, Emma Kirkby, Paul Elliott, Andrew King, Drew Minter
Chorus and Orchestra of The Academy of Ancient Music, Westminster Cathedral Boys Choir
Christopher Hogwood
London, October 1984
L'OISEAU-LYRE 414 423




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1750 1751 1752 1757
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