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新着情報

ロッシーニ モイーズとファラオン 対訳付き音楽設計図および解説。


ヘンデル エジプトのジューリオ・チェーザレ 対訳付き音楽設計図完成。
主な追加アリアなどや楽曲解説は追って。

ヘンデル シッラ あらすじ付き音楽設計図

ヘンデル ジョシュア/ヨシュア 対訳付き音楽設計図

ロッシーニ 湖の女/湖上の美人/湖上の美女 対訳付き音楽設計図


ロッシーニ デメートリオとポリービオ 対訳付き音楽設計図

ロッシーニ ひどい誤解 対訳付き音楽設計図


ロッシーニ セミラーミデ 対訳付き音楽設計図


モニューシュコ 幽霊屋敷 あらすじ付き音楽設計図


ヘンデル ソロモン 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ロッシーニ リッチャルドとゾライデ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アリオダンテ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アルチーナ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)





去年2020年の6月21日にロッシーニのモイーズとファラオンを上げて以来、9か月もオペラ御殿をほったらかしにしてしまった。
毎年2月22日の恒例の
本日は猫の日。
の一言すらやり忘れた。
しかもただ御殿を放置したというだけではない。この9か月オペラをほとんど聞いていない。全曲を聞いたのは、12月23日にロッシーニのマオメット2世を、2月24日にマティルデ・ディ・シャブランを、それぞれ初演200周年を記念して聞いたくらい。
このウィルス禍の緊張下では、私はオペラをあまり見たい聞きたいとは思えない。こちらに心の余裕がないと聞いても心にも頭にも入ってこない。
演奏会やオペラも、2020年2月22日に池袋で見た極めて拙い演出のヴェルディのラ・トラヴィアータを最後に行っていない。そもそも仕事の1回を除いて東京に出ていない。
家には老人がおり、自分が感染を媒介するのはなんとしても避けたい。特効薬のなく症状が強い感染症がいかに恐ろしいか分かっていると、感染の機会を極力減らすのが最善。人混みの中に入らないことが重要。溺れたくなければ水に入るな は、個人、家庭の段階では真理だ。
4月の上旬かと思っていた谷底は、既に3月半ばには渡ってしまった様子だ。

そんなわけでオペラとすっかり離れていて、結果御殿をほったらかしにしてしまっていたのだが、さすがにこのままではいけない。少し自分を奮い立たせなければならない。
二つ、今後の予定を明らかにしておく。

第一に、この夏のROFではモイーズとファラオン、エリザベッタ、ブルスキーノ氏を上演する予定なので、エリザベッタとブルスキーノ氏の対訳付き音楽設計図を作るつもり。どちらもクリティカルエディションが発刊されている。エリザベッタはそろそろ台本チェックに取り掛かりたい。ブルスキーノ氏は短いし字幕を作ったことがあるので粗訳はできているので、梅雨明けの頃になりそう。
実のところまださっぱり気が乗らないが、1年以上間が空いてしまうと本当にやれなくなってしまう気がするので、その前には乗り出したい。

第二に、2013年のヴェルディ生誕200周年の年にBlu-ray Discの附属冊子に突貫仕事で書いたヴェルディの全オペラの解説を、大幅に修正を加えた上でヴェルディ御殿にアップしていきたい。当然数年がかりになるだろう。
この時は4月から7月の4か月で26作品(実際には8月にもう一つあった)の解説を書く、つまりほぼ1週間に1作の解説を書くという考えられないほど厳しい日程だった(だからこそ私のようなものに回ってきたのだが)。前に書いた作品解説も大幅に書き直した。1作8千字が基準だが、実際には1万字越えもしょっちゅうで、したがって全部で25万字くらい書いていることになる。ちょっとした本1冊ある。
しかも前年に部屋のエアコンが故障してしまったのを修理し損ね、運悪く7月早々に梅雨明けして猛暑になったので、7月は汗だくになりながら、それでも音を出す時は窓を閉めていたもので、半分朦朧としながら書いていた。とてもきつい日々だった。
最後になったマクベスを納品したのが8月7日。その後下旬までゲラチェックなどあったのでROFに行けなかった(そしてそのまま行かなくなった)。すべての作業が完了した後、9月の上旬は頭痛などの体調不良に悩まされたほどだった。冗談でなくあの夏で寿命が少し縮んだだかもしれない。
そんなわけで、7月以降に書いた文章は明らかに集中力に欠けているし、また当時はしっかり校正したつもりだったが後で見返すと間違い勘違いが散見され、後日腰を据えて書き直したいと思っていた。
その後ヴェルディ関係の資料は増えた。シカゴ大学出版部刊のクリティカルエディション総譜をあらかた揃えたし、役に立つヴェルディ関係の本もいろいろ手に入れた。それらも反映させたい。
ヴェルディは対訳は全作品存在するので、対訳付き音楽設計図をつけるかどうかは未定。
なお日本語解説付きBlu-ray Discが製造元、店舗とも在庫が切れているもの、そしてクリティカルエディションが刊行されているものが優先される。オテッロとファルスタッフはやらないかもしれない。
いずれにしても秋以降。





ROFで上演するはずだったロッシーニのモイーズとファラオンの対訳付き音楽設計図および解説を公開。
モイーズとファラオンのフランス語台本からの日本語訳はおそらく初。いつも通り分析的な直訳で読みづらいかもしれないが、作品の理解には十分だろう。
昨年末に台本チェックから取り掛かっていたのだが、途中ヘンデルのシッラとジューリオ・チェーザレで中断しつつ、第1幕の訳が出来上がるという頃にウイルス禍が深刻になってしまい、ROFでの上演もまず絶望的になってしまった。やり始めたからには完成させなくてはならないとは思いながらも、オペラを聞く気分にすらなれず、3月後半から5月下旬までは作業が捗らなかった。予定より2か月近く遅れての公開となった。

さてこのモイーズとファラオンの対訳付き音楽設計図、そもそもフランス語台本の部分が貴重である。というのも、モイーズとファラオンは初演時の印刷台本と出版譜(ピアノ伴奏、総譜)の間で歌詞の相違が甚だしく、おそらく2割近くは異なっているだろう。したがって訳づくりにあたって印刷台本をそのまま用いることができない。インターネット上にはオペラの台本がいろいろ公開されているのだが、モイーズとファラオンに関しては印刷台本に基づいたものばかりで、楽譜記載の歌詞に忠実なものはほとんどない。1997年のROFでの上演の際のプログラムに記載の台本(これはCDに転載されている)ですら細部で相違がある。この音楽設計図では、初演の頃の Trourpenas のピアノ伴奏譜に記載のある歌詞のまま訳している。

かなり前にオペラ御殿に書いた解説なども、今回大幅に修正した。正直、かなり間違いが見つかった。申し訳ない。

フランス語のモイーズとファラオンはなにせ上演が稀なので、今年のROFの上演が流れてしまったのは本当に残念だ。本来の幕切れである賛美歌まで含めた素晴らしい上演が記録されただろうに。役目を失ってしまったこの対訳付き音楽設計図だけれども、遠からずどこかで上演が実現し、その時に役に立つことを祈ろう。


1月のジョシュアの感想も書きかけのままで、2月22日の特大空振り演出だった池袋でのラ・トラヴィアータの感想もまったく書いていないのだが、気が向いたら。





ヘンデルフェスティバルジャパン公演で、ヘンデルのジョシュア(ヨシュア)
ジョシュアは、1745年から1746年にかけておこったジャコバイトの反乱とそれに対する英国軍の完全な勝利を反映した4つの作品のうち、最後に作曲された作品で、残りの3作は、機会オラトリオ(1746年2月14日初演)、ジューダス・マカビーアス(1747年4月1日初演)、アレグザンダー・バラス(1748年3月23日初演。ジョシュアは初演ではアレグザンダー・バラスの半月前の1748年3月9日に初演。
この4作の中では圧倒的にジューダス・マカビーアスが人気が高い。この作品は、ジャコバイトの反乱を鎮圧したカンバーランド公ウィリアム・オーガスタスをジューダスに重ねて称賛する内容。
ジョシュアは、ジューダス・マカビーアスの大成功を受けて、ヨシュア記のヨシュア/ジョシュアをカンバーランド公に重ねる、という点でジューダス・マカビーアスの路線を踏襲しているが、しかし作品の仕立ては少々異なる。ジューダス・マカビーアスがじっくりした展開で物語がある程度一貫しているのに対し、ジョシュアでは3幕に13場の様々なエピソードを羅列し、物語の一貫性ではなく次々と場面が移り変わることを重視している。これは、戦勝高揚気分が少し収まってきたことから、戦争をダイジェスト的に見ようという姿勢の表れだろうか。
ジョシュアは、音楽的には素晴らしい曲が多々あるにもかかわらず、人気はジューダス・マカビーアスに遠く及ばず、今日でも上演頻度は多くない。
問題点は二つある。
第一に、作品を理解するには旧約聖書の知識やジャコバイトの反乱の知識を要すること。今回、上演に合わせてトマス・モレルの台本を全文訳してみてよく分かったが、各場面は観客にヨシュア記や出エジプト記の知識が十分にあることを前提に書かれている。さらにその上で、各場面がどのようにジャコバイトの反乱とカンバーランド公を示めしているかの理解が求められている。初演時であれば容易に理解できであろうことは、当然その後は分かりづらくなってしまった。






ヘンデルのシッラ、あらすじ付き音楽設計図を作った。 だいぶ簡潔なあらすじにしてしまったけれど、シッラならばこれで十分だろう。
というのも、シッラはバロックオペラにしても展開がかなり唐突で、物語を理解しながら聞こうとすると面食らってしまう。それを適当にうっちゃりながら、アリアが歌われる状況の理解を優先して聞いた方が良いと思う。音楽的には優れた曲が少なくない。

神奈川県立音楽堂の公演に合わせて、GLOSSAから出たファビオ・ビオンディが指揮したCDに解説の日本語訳と台本の伊日対訳が冊子でつけられたり、日本ヘンデル協会がのシッラの解説、伊日対訳を冊子で出し、両方参考にさせてもらった。
対訳は、正直、一長一短で、どちらも役に立つ一方で、どちらにも少々勇み足(歌詞の解釈を考え過ぎてかえっておかしくしてしまっている)のところもある。解説の見解の違いもあるので、可能であれば両方持っていていいと思う。
なお日本ヘンデル協会の対訳は、1713年の時の印刷台本に基づいて作られているので、ところどころ楽譜の歌詞と異なっている個所がある。いっぽうこちらは便利な注を多く付けているのがありがたい。
なお、御殿のあらすじ付き音楽設計図は Bärenreiter の楽譜を基にしているが、CD2種の演奏はこれを用いておらず(たとえば、シッラの一番最初の台詞が異なっている)、結果的にどの録音も対訳も Bärenreiter 譜とは異なっている。

ついでだが、今回から楽曲解説部分はCSSで完全横2段組にすることにした(これまでは1段横500pxを指定していたので、横長過ぎると3段組になった)。したがって横長画面で閲覧すると1行が長すぎることもあるかもしれないので、その場合はブラウザの幅を適宜絞って見ていただきたい。






ヘンデルフェスティバルジャパンの公演で、ヘンデルのジョシュア/ヨシュア
ジョシュアはヘンデルの英語のオラトリオの中でも、全然ではないにしてもあまり人気がない作品。まさか日本で上演を聞けるとは思わなかったので、対訳付き音楽設計図を作り、楽譜を見ながらCDを4種聞いて、よく予習してから公演に臨んだ。

ジョシュアは、1745年から1746年にかけて英国で起こったジャコバイトの反乱(詳しくは検索を)とそれに対する英国軍の完全な勝利を反映した一連の作品群の一つである。他の3作は、機会オラトリオ(1746年2月14日初演)、ジューダス・マカビーアス(1747年4月1日初演)、アレグザンダー・バラス(1748年3月23日初演)。ジョシュアは作曲順では最後に書かれた。 主人公を、英国軍を率いカロデンの戦いでジャコバイト軍に完勝したウィリアム・オーガスタス,カンバーランド公に重ねているという点で、ジョシュアは、大成功を収めたジューダス・マカビーアスの路線を引き継ぐ作品ではある。ただし、同じ台本作家 トマス・モレル でありながら、作劇の方向性は少し異なる。ジューダス・マカビーアスが基本的に劇として一貫した展開を持っているのに対して、ジョシュアは13場の各話が弱い関連性で連なっており、予備知識なしで聞くと場面や状況が次々と変わっていくので戸惑わされる。
加えてジョシュアの物語を理解するにはヨシュア期の他、出エジプト記、申命記などの旧約聖書の知識が必要で、さらに各場面の持つ意味を理解するにはジャコバイトの乱とカンバーランド公の知識も必要になる。







これはヘンデリアンには素晴らしいニュース。とはいえ対象はもう2年も前に作られたものだけれど。

ヘンデルに忠実に従ったプリマドンナとして知られる、アンナ・マリア・ストラーダ(・デル・ポー)、1729年暮れから1737年1月までロンドンでヘンデルの様々な作品に出演した。
しかしその他の情報はだいぶ乏しく、1720/21年のカーニヴァルシーズン、ヴェネツィアでヴィヴァルディの試練の中の真実の初演でロザーネを歌ったとか、断片的なものばかり。私の知る限りどの本でも生没年は不明。出身はベルガモと推測されており、没地も同じだと書かれていることが多い。
先日、彼女について検索していたら、偶然、ストラーダについての論文のPDFファイルが見つかった。著者は ユディト・ジョヴァール Judit Zsovár。彼女はソプラノかつ音楽学者で、現在はオーストリア科学アカデミーに所属している模様。
これはリスト音楽大学の博士号論文らしく、318ページの英文。リスト音楽大学のサイトの文書庫からダウンロードできる。さらに8ページの骨子も。
生没年が分かっただけでも大きな進歩だ。1775年7月20日にナポリで亡くなっていて、教会の記録に72歳とあるので、1703年(ベルガモの)生まれと推定された。
ありがたいことに平易な英語で書かれているので、318ページ+8ページ、じっくり読んでみたい。






1965年9月、10月、NHKスラブ歌劇団が東京と大阪で公演を行い、大評判となった。ことに初来日したロヴロ・フォン・マタチッチの指揮するボリス・ゴドゥノフは、ボリス役のミロスラヴ・チャンガロヴィチの圧巻の歌と共に今だ語り草になっている。
このボリスのライヴ録音は2016年秋に ALTUS からCDになった。しかし同じ年の2月5日にNHK-FMがこのボリスを放送していたので、私はすぐにはCDを買わなかった。
CDが発売されてすぐHMVのサイトにレビューが寄せられたのだが、それを見て私はたまげてしまった。
> 「ボリスの死」で終わる
> 白痴の唄ではなくボリスの死で終る
いやいや、この時のボリスは当時から、ボリスの死で終わるのではなく、白痴の嘆きで終わることが話題になっていた。それは公演を知らない私(公演は私の生まれる前)ですら伝え知っていたほどだ。
実際、スラブ歌劇のパンフレットに掲載されている堀内敬三によるあらすじには『ひとり残った白痴は、第4幕第1場と同じく“[…]みんな泣け、ロシアの飢えた人々よ”と寂しく歌って幕になる。』と書かれている。間違いない。
ボリスは長らくリムスキー=コルサコフ編曲版で上演されていたが、彼は第4幕第1場の聖ワシーリー寺院の前の広場を採用せず、本来第3場(幕切れ)だったクロームイ郊外の森の空き地を冒頭に回し、第2場のクレムリン内の会議場、つまりボリスの死で幕切れにした。後にR-Mの弟子のイッポリトフ=イワノフが聖ワシーリー寺院の前の広場を復活させているものの、主流はR-M版のままだった。
スラブ歌劇公演では、第4幕第1場が聖ワシーリー寺院の前の広場、第2場がクレムリン内の会議場(ボリスの死)、第3場がクロームイ郊外の森の空き地 で上演された。2016年2月のFM放送もこの通り。
しかしCDを聞いたところが、そこではR-M版と同じくクロームイ郊外の森の空き地、クレムリン内の会議場(ボリスの死)、で終わり。つまり、聖ワシーリー寺院の前の広場が丸々抜けて、かつ順番が入れ替わっている。
前述の堀内敬三によるあらすじはCDのブックレットに再録されているのだが、第4幕の展開はトラックごとの場面説明と合っていない。購入者も含め、誰も不思議に思わなかったのだろうか。
CDの収録時間にはかなり余裕があるのでCD制作時に手を加えたとは思えず、つまりNHKから提供された音源の段階で削除&入替えがされていたのだろう(過去に短縮されたかたちで放送があったという)。
しかしそうであってもこのCDが不完全収録の欠陥品であることには変わりがない。堀内のあらすじを入手した時点でおかしいと気付くべきだったろう。
そんなわけでこのCDはまことに残念な製品となってしまった。FM放送を録音しておいた私はそっちで楽しめば済むが、日本オペラ史に名を残す伝説の公演が歪められた形で世に広まってしまったのは、残念では済まされないことだと思う。






今年の春に、ニューヨークフィルハーモニックの創設175周年を祝って SONY CLASSICAL から65CDのセットが発売された。タワーレコードの販売ページ
残念なことにあまり初出音源(とくにライヴ録音の)が少なく、それでいて高額。半年待ってようやくちょっと安い値段で購入できた。
棟梁のお目当ては、アルトゥール・ロジンスキーが指揮したヴァーグナーのディ・ヴァルキューレ第3幕。1945年5月15,18,22日の録音で、まず78回転盤8枚で発売された後、LP2枚でも発売(棟梁はLPの初版を持っている)。これがディ・ヴァルキューレ第3幕の初の商業録音で、既にワルターらがウィーンとベルリンで第1幕と第2幕を録音していたので、一貫性はまるでないもののこれでディ・ヴァルキューレ全曲が市販されたということになった。
演奏はかなり良い。ロジンスキの音楽は恐ろしくテンションが高く聞き応えがあるし、また1940年代にMETで活躍したヘレン・トローベルはこの頃が全盛期で、力強く朗々と歌い切るブリュンヒルデはなかなか素晴らしい。
しかし第二次世界大戦末期だったことから、このロジンスキーの指揮したディ・ヴァルキューレ第3幕の録音はあまり広まらなかった。CDは一度だけ、2001年にSONYから許可を得た RETROSPECTIVE RECORDINGS というレーベルが発売したことがあるが、SONY自らが発売したCDはこれまでなかった。
そんなわけで今回のSONYからの発売は朗報だった。

ところが、聞き出してすぐに違和感を抱いた。ヴァルキューレの騎行の冒頭、たしかにロジンスキの演奏なのだけれど、記憶にある演奏と何か違う…。
第3場になってそれはハッキリする。何箇所かギョッとするような大きなカットが入っており、演奏時間は50分強しかない(通常70分程度)。咳も聞こえるし、そして決定的なのが終演後の盛大な拍手…。
これはライヴ録音なのだ。つまり表示されているCOLUMBIA社の商業録音(当然スタジオセッション)ではない。
実はロジンスキはCOLUMBIA社への録音の半年後、1945年11月22、23、25日に、ニューヨークフィルハーモニックを指揮して、ヴァルキューレたちまでまったく同じ歌手でこの作品を上演している。うち11月25日は日曜日の午後の演奏で、この枠は1930年以来CBSによって放送されてきた。
つまり、このCDに収録されているのは、1945年5月15,18,22日の商業録音ではなく、1945年11月25日に放送されたライヴ録音なのである。カットが多いのは放送時間枠に収めるための措置だったのではないだろうか。
11月のライヴ録音は何度かCDになっており、古くはAS DISCから出ていたし、現在でもgala の GL100665、ロジンスキがフィレンツェで指揮したヴァーグナーのトリスタンとイゾルデのボーナスとして入手できる。
5月の商業録音と11月のライヴ録音は、演奏時間が10分以上も違うにもかかわらず、キャストが端役に至るまでまったく同じなのでしばしば混同されている。SONY CLASSICAL も音源を取り違えたのだろう。しかし制作者は、演奏時間が妙に短いことや拍手が含まれていることに何も疑問を抱かなかったのだろうか。
カットが多いのは困りものだが、演奏そのものはロジンスキは演奏会での方がより燃焼度が高く、歌手も演奏会の方がのびのび歌っている。図らずして貴重なライヴ録音が発掘された、蔵出し音源の掘り出し物になった。

ちなみに11月の演奏会は今からは考えられないような曲目だった。ニューヨークフィルハーモニックのデジタルアーカイヴで確認すると、全体はニーベルングの指環の抜粋で、ラインの黄金のヴァルハラ城への入場、ディ・ヴァルキューレ第3幕、休憩を挟んで、ジークフリート第2幕から森のささやき、神々の黄昏の幕切れ。つまりディ・ヴァルキューレ第3幕は前半に演奏されているのだ。普通だったらそこまででお腹いっぱいだろう。第3幕第3場だけでもよさそうなところなのに、第3幕全部上演したのは、もしかしたら半年前の録音が発売される直前に宣伝する意味もあったのだろうか。






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Donizetti Goten

Bellini Goten
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