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ロッシーニ 湖の女/湖上の美人/湖上の美女 対訳付き音楽設計図 完成


ロッシーニ デメートリオとポリービオ 対訳付き音楽設計図

ロッシーニ ひどい誤解 対訳付き音楽設計図


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モニューシュコ 幽霊屋敷 あらすじ付き音楽設計図


ヘンデル ソロモン 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ロッシーニ リッチャルドとゾライデ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アリオダンテ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アルチーナ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)





マリインスキー劇場来日公演で、チャイコフスキーのスペードの女王
ちょい前置き。
先日、捜し物をしていたら、十数年前に買ったまま段ボール箱の中に仕舞いっぱなしのチャイコフスキーのスペードの女王のDOVERの総譜を見付けた。800ページ弱もある分厚い冊子で、邪魔で箱にしまったまま忘れていたようだ。
スペードの女王はCDで聞いたことはもちろん、上演も見たこともあるので、予習をどうしようと思っていたのだが、せっかくなので総譜見ながらCDを聞いておさらいすることにした。2回聞いたうちの一つは、1988年のブルガリア、ソフィア歌劇場の録音、指揮はエミール・チャカロフ。ちなみにチャカロフは将来を大いに期待された指揮者だが、1991年に43歳で亡くなった。
これが予習用には上出来過ぎの演奏で、総譜見ながら聞くと、スペードの女王のオーケストラレイションがいかに冴えているか非常に良く分かる。この作品はチャイコフスキーがフィレンツェで一月半ほどで総譜を書き上げたと言われるが、天才が最充実期に題材に入れ込んで猛烈な集中力で書き上げたことが総譜からビシビシ伝わって来る。
ちなみにもう一つはヴラディーミル・ユロフスキーが指揮したテル・アヴィヴでのライヴ億音。こちらはいたって予習向きの演奏。

さて公演。
音楽的にはまあまあというところ。物凄く感動したというわけではないが、しかしマリインスキー劇場の面々ならいきなりその日の朝にスペードの女王の上演が決まってもこれくらいできるというくらい手馴れたものだった。
というのも、ワレリー・ゲルギエフとオーケストラは前日11月29日には高知県高松市で晩公演をしており、つまり当日の朝一番で東京に飛んで15時から上演のはず(まさか夜中にバス移動じゃなかろう)。それを考慮に入れると良く頑張った!なのだけれど、聞く方としてはだから寛容に聞くうわけにもいかない。さすがにオーケストラが万全とは言い難かったが、まあなんとか。
肝心のゲルマンのミハイル・ヴェクアが今一つで、特に第1幕が安定せず冷や冷やした。第2幕第3幕では持ち直したものの、全般に地味なゲルマンで、この強烈に屈折した人物像には物足りなかった。とはいえ致命的に悪いほどでもない。
リーザのイリーナ・チュリロワは中音域が充実しており、演技も上々。高音が時々突っ張るのが惜しい。
重要な役どころである伯爵夫人のアンナ・キクナーゼ、トムスキー(アリアが2曲ある)のウラディスラフ・スリムスキー、チェカリンスキーのアレクサンドル・トロフィモフ、いずれもとても立派な歌。それもそのはず、彼らはマゼッパの公演の主役たちで、掛け持ち出演。なんと3日連続で歌う。
そして話がオーケストラに戻るが、過密楽旅から来る綻びはあっても、全体としては熱気を孕んだ音楽で総じて楽しめた。

アレクセイ・ステパニュクの演出は2015年にお披露目の新しいもの。5対の開閉幕を駆使して舞台に変化をつける。
この演出はちょっと面白く、深いことを考えずに見れば多少不思議に思うことはあっても普通にスペードの女王として見られるのだが、随所に演出家が置いた仕掛けを拾っていくと別の世界が見て取れる。
冒頭、少年がカードタワーを作っていると、巨大な婦人が彼にカードを渡す。5階からは良く見えなかったが、間違いなく 3-7-A だろう。この少年は幕切れにも登場し、全体の枠を作ることになる。
そもそも第1幕の夏の庭園の場面が暗く、春の陽光降り注ぐようには見えない。彫像が目立つ一方、木々は寂しい。
第2幕前半の宴の場面。通常、冗長とみなされて、短縮ないしはカットされてしまうこともある場面だが、ステパニュクはここをキッチリ作っている。いや、むしろ御伽噺的な非現実感を強調しているかもしれない。そしてそこに士官姿のゲルマンがうろうろして、ひどく浮いてる。考えてみれば、エカテリーナ女王まで訪問するような政府高官の宴に一士官が参加するなんて奇妙だ。この違和感が後々効いてくる。
第2幕後半、侯爵夫人の部屋には暖炉があるのだが、わざわざCGでニセモノ感を強調している(映像を使うなら本物の炎の映像の方が普通)。大椅子に倒れ込んで死んだ侯爵夫人だが、幕切れにはスックと立ち上がって歩き出す。
第3幕、侯爵夫人の亡霊はなんとゲルマンのベッド(兵舎にあるような質素な寝床)の下から現れる。
続くリーザの場面、運河の水は、先の炎と同様、紗幕にCG投影の非現実的なもの。リーザは入水せず、奥からから前方に出てくる賭博上をゆっくり抜けて消え去る。
そして大詰めのカード勝負は、しかしもうゲームになっておらず、ほとんどカードをばら撒いているかのように見える。そしてゲルマンが勝負に敗れると、賭博場ごと後に奥へゆっくり下がって行く。ゲルマンは自らを刺すこともなく、呆然と座りこけているのか座ったまま死んだのか、彼の目を少年が閉じてやり、少年がゆっくり後ろに下がって幕切れ。
ステパニュクはどうやら枠構造の中を非現実にして、狂気のゲルマンの妄想に仕立てているようだ。少年の頃に3-7-Aの伝説を知ったゲルマンは、賭博に惹かれるが貧しくて手を出せない。手を出せないのは深窓の令嬢リーザも同じ。その二つが彼を苛み狂気に陥れる、というようなことだと、私は理解した。演出家の意図は違うかもしれないけれど、私にはそうとしか見えない。
ただ何せ5階席、もっと良い席で見れば、あるいは2度見れば、もう少し理解が深まったかもしれない。映像が出回れば見直してみよう。

消費的感想とは別に、何をいまさらと言われそうだが、とにかくチャイコフスキーの音楽が凄いこと!嵐のような迫力満点のところも静寂に包まれる場面も、すべて圧倒された。総譜見て予習したことで、オーケストラがこんなにも雄弁なのか!と何度も舌を巻くことになった。オペラ好きの私だが、それでももし高機能オーケストラによる歌の無いスペードの女王なんて演奏会あったら聞いてみたいと思ったほどだ。





昭和百合劇場で父スカルラッティの貞節の勝利、11月15日 金曜日、17日 日曜日。新百合ヶ丘は家からはとても遠いところだが、どうにか両日公演見ることができた。金曜日は2階席、日曜日は平土間前方。
貞節の勝利は、1718年11月26日、ナポリのフィオレンティーニ劇場で初演された、スカルラッティの(ほぼ)唯一の喜劇。とはいえ私たちに馴染みの深いオペラブッファとは作りがだいぶ異なり、バロックのオペラセリアの雛形に、喜劇的登場人物による滑稽な場面と歌を取り入れたような作風。この時スカルラッティは58歳。貞節の勝利は彼のオペラの最後から数えて何番目というくらいの作品で、最初から数えたら何十何番目になるのか分からない。
設定やあらすじは公式サイトにあるので省略。初演の段階で、主役のリッカルドは男装ソプラノ、年増女のコルネーリアは女装テノール。復讐に燃えるエルミーニオがカストラート役。
スカルラッティのオペラは総じて復活が遅れているが、その中で貞節の勝利は、ひどく不完全ではあっても、1937年に英国で蘇演され、いくつかの上演を経て、1950年にはカルロ・マリア・ジュリーニの指揮で収録もされている。シリアスなダカーポアリアの連続に飽きてしまう20世紀半ばの聴衆でも、滑稽な場面が挟まれるこの作品は飽きることなく見られたのだろう。
なお今回の公演では日本初演という表記が見られないのが気になっていたのだが、どうやら少し前に東京オペラ・プロデュースが日本初演をしていた様子。うっすらと記憶はあるものの、見ていないし、オペラプロデュースのサイトにも記録が出ておらず、詳細は不明。
さてOpera Baroqueのサイトの記述を見ると、1980年代以降、結構な数の上演があったことが分かる。中でも2001年11月のパレルモ・マッシモ劇場でのファビオ・ビオンディによる上演は知られている。
今回の上演は、2018年7月22、24、26、28日に南イタリア、マルティーナ・フランカのイトリアの谷音楽祭で上演された舞台を持ってきたもの。ただし、今年3月に昭和百合劇場で上演されたメルカダンテのフランチェスカ・ダ・リミニがほぼマルティーナ・フランカの面々による上演だったのと異なり、今回は歌手に関しては日本人主体。現地からの引継ぎは、エルミーニオのラファエーレ・ペーとロディマルテのパトリツィオ・ラ・プラーカの二人だけ。
既に人気カウンターテノールとして活躍しているペーが一頭地抜けていたのは当然だろう。ことに激しい装飾歌唱のアリアはいずれも拍手喝采だった。しかし日本人たちも、多少慣れぬバロックオペラにたいへんそうだった感はあったとはいえ、訓練の跡が良く出ていて頑張っていた。個人的にはリッカルドの迫田美帆の自然な歌い口が気に入った。そして老人役の小堀勇介は、もっと出番がほしい、もっと難度の高い歌が聞きたくなるほど素敵に歌ってくれた。
指揮のアントニオ・グレーコ、レチタティーヴォの伴奏を務めながら、この長い曲を見事にまとめていた。
オーケストラはピリオド楽器演奏。実のところ15日の当日までオーケストラがピリオド楽器演奏とは知らなかったし、そんな告知はされていなかった。これは藤原歌劇団がピリオド演奏の意義を認識していないことからの大きな失点だ。もしピリオドオーケストラによる父スカルラッティの大作上演ということが知られていたら、バロックオペラには興味がなくても足を運んだであろうピリオド器楽系の客層がいただろう。何ともったいない! ホールが中規模なこともあって、ピリオド楽器演奏は非常に効果的だった。ヴァイオリンとヴィオラは立奏していた。
ジャコモ・フェッラウとリーベロ・ステッルーティによる演出は、舞台を1969年、つまり今から50年前のナポリに舞台を移している。そして序曲が鳴る前に現在のリッカルドの墓を見せ、そこに息子と孫娘がお参りする場面から始めている。序曲が始まると時が1969年へと遡り、孫娘が50年前に亡くなったお爺ちゃんの姿を目撃する。これが幕切れと枠構造を作っていた。
舞台装置は簡素だが十分な作り。動きは結構細かく付いている。
厳しいことを言えば、イタリア人スタッフがいるにもかかわらず、相変わらずあちこちで日本人的な大げさな所作が目立った。たとえばコルネーリアの酒臭い息を嫌がるのもあんなに大げさにやる必要は無い。あまり大げさな所作が多いと舞台が煩くなる。
先日の新国立劇場でのドン・パスクワーレの合唱の動きもそうだったが、おそらく日本人臭い演技というのは、観客に対して、ほら分かってくださいよ!と念を押すような発想の動きなのだろう。本当に強調すべき動作でなければ、ごく軽い所作で十分だと思う。
さて幕切れではリッカルドが改心して4組のカップルができて大団円なのだが、最後のリッカルドのアリアの後でフラミーニオら数人が脱帽することから、彼は(台詞とは裏腹に)息絶えたことが伺える。幕切れのコーロは幻。そしてこの終曲で幕とはならず、エピローグ的に1曲追加され、人々が消え散る一方でリッカルドが孫娘にハンカチを渡して、墓に入って行って時が現代に戻る。しみじみとした余韻を残す幕切れに仕立てていた。
楽譜が入手できなかったこともあって、予習が十分でないまま臨んだ公演だったが、楽しみかつオペラ史の勉強になった。たいへんありがたい。

マルティーナ・フランカでの貞節の勝利の映像はまだ発売されていない。昭和百合劇場での上演告知が出たときにはYouTubeにも1986年の古い映像しかなかったのだが、8月になって2018年5月にアルゼンチン、ブエノスアイレスのコロン劇場で上演された時の映像がアップされた。演出の設定が分かりづらい(後半がおそらくモリエールのドン・ジュアンを上演する劇中劇仕立てで、前半はその舞台裏)が、予習用には十分。こちらでもコルネーリアは女装テノールだが、昭和百合劇場では下品なおばさんに仕立てていたところが、こちらでは足の細いテノールを起用してその手の店のママのようにしているのが面白い。
実はこの映像の存在に気が付いたのが公演初日の1時過ぎ(24時間制で)だった。さすがにそれから2時間半全部見るのはきついので、翌日早起きして9時くらいまでダッと見てなんとか予習できた。もっと早くに気付くべきだった。

ところで、この公演の売り出しは6月21日だったのだが、すっかり忘れて、2ヶ月も経った8月下旬になってようやくチケットを買った。当然、日曜日公演の良い席はもう全部売り切れていた…、と思ったら、ぴあに平土間前方のしかも通路脇という素晴らしく良い席が1席だけポッカリ残っていた。明らかに誰かが流してしまった席だろう。こんなこともあるものだ。ありがたくここで見させてもらった。





新国立劇場でのドニゼッティのドン・パスクワーレ、平日昼間公演
楽しめた。
代役ノリーナのハスミック・トロシャンがとても映えていた。アルメニアの首都エレバンの生まれ。彼女は2015年のROFで新聞のヒロイン、リゼッタを歌い成功(ちなみその時の相手役アルベルトはミロノフ)。それをBSで見てぜひ聞いてみたいと思っていたので、今回の交代には喜び期待していた。ちょっとキンキンするくらいの硬質の声と卓越した歌唱技術のどちらも良く、表現付けや演技はまだ若いなりだけれどまあ十分。何分日本では無名でしかも代役ということで、観客は思わぬ当りに沸いていた。また歌いに来てほしいもの。
エルネストのマキシム・ミロノフ、もう中堅のはずなのにいまだ瑞々しい声が美しい。もっともエルネストは、ミロノフの最大の武器である超絶技巧の装飾歌唱がないので、聞く方としては少し物足りない。ただエルネストは、一見難しくなさそうに見えて、高い音域に留まり続けることがしばしばで、テノールには結構厳しい役だ。ミロノフ、この日は前半やや調子が上がりきらず、特に聞かせどころの第2幕のアリアで喉が突っ張り気味になったのが惜しいが(それでも〆の変二音は上げて伸ばしていた)、その代わり第3幕の Com'è gentil から続くトロシャンとの二重唱はとても美しかった。新国立劇場の常連になってくれたのはたいへんありがたい。
マラテスタのビアージオ・ピッツーティは主要劇場への出演歴はまだ少ない中堅のバリトン。声の魅力は今一つだけれど、芸達者でことに早口の捌きっぷりが良い。
さてタイトルロールのロベルト・スカンディウッツィ、声の魅力、役作り、歌いまわし、演技の上手さは申し分ない。彼が舞台にいることで上演の舞台の軸になっていたことは間違いない。なのだが、いかんせん61歳、歌の運動性には限界があって、だいぶ腰の重いパスクワーレになってしまっていた。いや61歳でも、バッソブッフォのスペシャリストが歌えばそう問題はなかっただろう。しかしスカンティウッツィは基本はバッソプロフォンドでそれが近年さらにプオロフォンディッシモになっている。スカンデウッツィの重厚な立派さが私には違和感になってしまった。
指揮のコッラード・ロヴァーリスは私には思い出深い指揮者だ。彼は私が最初にROFに行った1998年のオテッロの指揮者だった。彼はその前年のブルスキーノ氏でROF初登場、好評を受けて翌年この主要演目を任された。
ロヴァーリスは元々チェンバロを学んでいたせいなのか、伝統的なイタリアオペラの指揮者とちょっと音楽作りの方向性が異なる。速い演奏を好み、しかもそれがサクサクしていて溜めを好まない(とはいえキリキリ締め上げる音楽ではない)。当時は棒振りも激しく、オテッロの第1幕フィナーレで指揮棒を滑らせて張り出し舞台まですっ飛ばしたのを目撃した。彼は2004年3月に藤原歌劇団のアルジェのイタリア女(アグネス・バルツァ主演)を指揮しに来ており、ちょうどその頃にオペラ・フィラデルフィアの音楽監督に就任して現在まで務めている。この経験でかなり柔軟性を身に着けた様子。このドン・パスクワーレでも、序曲などあちこちで颯爽と仕上げつつ、溜めを取りたがるトロシャンや重たくなりがちなスカンディウッツィに合わせつつ、全体をキチッと良くまとめていた。もっとも、彼はやっぱりもっと速く演奏したそうな箇所が随所にあったが。オーケストラは序盤は弾まなかったものの、第2幕の頃には温まっていた。

新制作と銘打ちつつ、ステーファノ・ヴィツィオーリの演出は、1994年、ムーティ時代のスカラ座で上演された後あちこちで上演されているド定番の舞台で、つまり借り物。でもド定番になるだけとても良くできているし、四半世紀過ぎたわりには古臭くなく、安心して楽しめた。ただ下手際での演技が多く、L席の人は見るのに苦労したかも。

今回の上演では、カットはごく僅か、あるいはノーカットだったかもしれない。楽譜を持っていくのを忘れたので直後にチェックできなかった。
ドン・パスクワーレの古い録音を引っ張り出すと、カットがバシバシ入っていて面食らう。特にカバレッタは後半を省略してしまうのが当たり前だった。そういうカットを入れまくると、音楽の奥行きがかなり浅くなってしまう。長い作品でもなし、切り詰めることなく演奏してくれて作品をたっぷり味わえた。


ドン・パスクワーレは1843年1月3日、パリのイタリア劇場(会場はサル・ヴァンタドール)で初演された。つまりオペラブッファであるが、イタリア向けの作品ではなく、あえて言えばオペラブッファの伝統の表道からちょっと外れた作品である。
ベッリーニの清教徒もそうだが、イタリアオペラであってもパリ向けに書かれた作品は、イタリアの諸劇場、特にイタリアの地方劇場向けに書かれた作品とは区別して考えないといけない。
第一に、当てられる歌手が豪華なこと。
第二に、オーケストラが充実していること。ドン・パスクワーレのオーケストレイションは伝統的オペラブッファのそれを凌駕している。
そして第三に、観客には亡命イタリア人が多数いたこと。ナポレオンが失脚しイタリアが王政復古して以降、政治的理由でパリへ亡命したイタリア人は数多い。結果、イタリア劇場には亡命イタリア人たちが集い、そこで初演される作品も彼らが観客であることが反映されていたはずである。清教徒もドン・パスクワーレも、このことを念頭において聞くと作品の違う側面が浮かび上がる。パリ向けに書かれたイタリアオペラはこの点をもっと調べる必要がある。
ドン・パスクワーレはオペラブッファの最後の傑作だとしばしば言われるが、実際にはイタリアではそれより前からオペラブッファは衰退に入っていた。19世紀半ばでも依然としてオペラブッファは量産されていたが、たとえばドニゼッティであれば、1832年に急な依頼で引き受けた愛の妙薬の後、イタリアの劇場向けにフル企画のオペラブッファは書いていない。オペラブッファの低潮はゆっくり確実に進んでいた。
パリ向けに書かれたドン・パスクワーレは、そうした衰退傾向の懐かしいオペラブッファを、新しい時代に合わせ、そして大都会パリの趣味に合わせて新たに仕立て直した作品である。この作品は亡命イタリア人たちのために作られた作品のようなもので、彼らはドン・パスクワーレを単にオペラブッファとして見たのではなく、望郷の念にかられながら見たに違いない。
第3幕半ばでエルネストがセレナーデ風に歌う

Com'è gentil la notte a mezzo april!
È azzurro il ciel, la luna è senza vel
4月半ばの夜はなんて柔らかいことか!
空は青く、月には覆い【=霞】がない

これを聞いた亡命イタリア人たちは、単に素敵な曲だなとうっとりしただけでなく、真冬のどんより曇ったパリで、故郷の柔らかく美しい春を思い出して涙したことだろう。





トリエステ・ヴェルディ劇場来日公演で、ヴェルディのラ・トラヴィアータ、上野公演、11月2日。
これは楽しみにしてた公演だった。
ヴィオレッタのマリーナ・レベカは、2007年のROFの若者公演のランスへの旅の初日にフォルヴィルを歌って大成功したのを目の当たりにした(2日目はコルテーゼ夫人だった)ので、とても思い入れがある。ちなみにこの時は、指揮が園田隆一郎、ベルフィオーレが中井亮一という、日本人には記念すべき上演だった。その後12年でレベカはグングン頭角を現し、今やウィーン国立歌劇場の一番若い世代のプリマドンナといってもよいくらいの活躍をしている。一方、この12年で私が彼女を聞けたのは、2008年にロッシーニ・オペラ・フェスティバル(秋の来日公演を含む)でのマオメット2世のアンナと、2009年のザルツブルク音楽祭でのロッシーニのモイーズとファラオンのアナイの二つの機会だけ。なので成長したレベカを聞けるこの公演は楽しみだった。
一方で、ここ数年のレベカの歌を聞けるYouTubeやアリア集のCDからは、彼女の歌声がだいぶ変わってきた様子が伺えた。バルト3国のラトヴィアのリガの出身という北方人であるレベカ、加えてドイツ語圏の劇場での活躍が増えて、そうなっていくのも無理はないな、と思っていた。

そして公演。良い点も散見されたとはいえ、私にはどうにも物足りない出来だった。レベカだけでなく、危惧した悪い予感の方に大きく振れていた。
レベカは中音域の強い響きを武器にしてヴィオレッタの感情を掘り込んでいるのは良いのだが、しかし劇的な感情表現の作り方が、声に乗せる、言い換えれば感情が歌の内側から広がって行くというよりは、外側から声を操って感情を作っているような印象で、しばしば劇的表現が取って付けたようになっている。そのため歌の表現の振幅が大きいわりには空回りしがちだ。彼女は10月26日までウィーンでヴェルディのシモン・ボッカネグラのアメーリアを歌っており(29日も予定されていたが、さすがに別の歌手に代わった)、そこから一週間で声を切り替えらなくてはならないという問題もあった。
もっとも、レベカの歌うようなヴィオレッタだってありだとは思う。演奏や舞台などが彼女の路線に沿っていれば、空回りすることなく十分説得力のあるヒロインになっていたと思う。しかしヴェルディ劇場の演奏はいかにもイタリアの地方劇場のヴェルディという趣で、方向性がだいぶ違う。両者が噛み合わない居心地の悪さは最後まで拭えなかった。レベカはかつてトリエステのヴェルディ劇場で何度か歌っているはずなだけれども、その時はどうだったのだろう。
それに輪を掛けたのが豪華な共演者。アルフレードのラモン・ヴァルガス、父ジェルモンのアルベルト・ガザーレ、二人とも言うまでもなく名声、実績、実力とも申し分のないベテラン歌手で、単独であれば悪かろうはずもない。レベカも含めて、個々の歌だけを取り上げれば素晴らしい部分は間違いなくあった。しかし上演としては、スター歌手がダッと集まって練習もそこそこに本番幕開け、という、舞台が馴染んでいない印象は否めない。アンサンブルに演技に、そこかしこに隙間風が吹いているので、深い感動に至らない。

どうも、先立つ10月28日に武蔵野市民文化会館で巡業組の公演を聞いたことがじわりと影響しているようだ。
私は基本的に演奏や上演の比較はしないように心掛けている。オペラの場合であれば、たとえ同一プロダクションであっても歌手や指揮者が違ったら別物と考えている。したがって武蔵野公演と上野公演を比較をするつもりはない。ただ、武蔵野でこの劇場の多分に日常公演的な素の姿を目の当たりにしていたことで、上野での特別に豪華な上演に潜む欠点に気付きやすくなっていたようだ。

話をレベカに戻すと、彼女は来年の7月にスカラ座でヴィオレッタを歌った後、どうやら9月のスカラ座来日公演でもそれを歌うらしい(まだ公表はされていない)。彼女はスカラ座では今年1月2月に既にヴィオレッタを歌っているのだが、検索しても評判らしいものがあまり見つからない。


ところで、ヴェルディ劇場来日公演、リンク先には上野2回含めて13公演が記載されているが、その他に10月31日に松戸の聖徳学園で学内公演(非公開)をやっているので、半月で14公演。しかも東北から近畿まで毎日のように移動しながら。こりゃ大変だ。
聖徳学園公演ではアルフレードがブラゴイ・ナコスキだったそうだ。名前に覚えがあるので検索してみたら、2009年9月の新国立劇場でのヴェルディのオテロのカッシオだった。何で覚えていたかというと、美味しい役のはずのカッシオなのに本当に冴えなかったから。10年経って大いに成長していればよいのだが。
ちなみに聖徳学園は、去年の6月のバーリ歌劇場=ペトルッツェッリ劇場の来日公演の際にはイル・トロヴァトーレを学内上演していた。まあ素晴らしい環境なこと!

最後に一言。招聘元が中規模のところは各公演のキャストを公演後ですら公表しないのが当たり前になっているが、今の時代、それは公演に対しての責任感が薄いという印象を与える。どの公演でも観客に渡すキャスト表は作っているのだから、自前サイトなりツイッターなりで 本日のキャストはご覧の通り と公表すべきだと思う。実際、武蔵野公演の時も指揮者が事前公表と異なっていたわけで、誤解したままの人だっているだろう。あの役は誰だったっけ?と思った時に確認できるようにしておかないのは、不親切という以上に失礼だと思う。





本日2019年11月3日で、オペラ御殿は上棟20周年を迎えた。
とりあえず記念行事と称して演奏会に行って来た。感想は後ほど。

もうそんなに経ったのかという思いばかり。何度か書いているが、オペラ御殿は元々、ヘンデルのオペラのCDを紹介するのが主の目的だった。1990年代後半、ピリオド演奏のヘンデルのオペラが続々とCDになっていたのだが、当時の日本ではヘンデルのオペラは今よりずっと注目を浴びず、せっかくCDになってもその存在が広く知られることがなかった。この年の春だかにようやくPCを導入した私は、ヘンデルのこういうオペラにはこういうCDが出ていますよ、という程度の紹介をするためにオペラ御殿を立ち上げ、ヘンデルだけでは寂しいのでロッシーニやドニゼッティ、ヴェルディなども含めたのである。
まさかその20年後に、せっせと台本を訳して、対訳付き音楽設計図なんて作ることになるとは思わなかった。これらの作曲家の全作品でこれを作ることは、もはや私の残りの時間では果たせないかもしれない。

ヘンデルのイタリアオペラはドイツ、フランス近辺では大ブームになり、オペラ御殿を立ち上げて数年で全オペラのCDが発売された。日本ではまだ低調ではあるものの、来年にはジューリオ・チェーザレが上演される。まださらに盛り上がっていくことを願い、チェーザレは対訳付き音楽設計図と解説を力を入れて作る予定。この作品は前にだいぶ調べているので、何とかなるだろう。この公演が4月なので、来年のROFの演目の方を早めに手をつけておかないと


さて、12月1日、藤沢市民オペラで上演される、ロッシーニの湖の女(湖上の美人ないしは湖上の美女とする場合が多いけれど、御殿では直訳で)、とりあえず第1幕の対訳付き音楽設計図をアップ。まだあちこち修正が必要なはずで、後で追加修正をするつもり。第2幕は11月中旬の完成予定。
今回も、極力原文を尊重した分析的な直訳にしてある。慣れるまでは読みづらいかもしれないが、慣れると音楽と言葉が絡むように感じられるはず。
全完成した時にまた書くつもりだが、湖の女の出回っている対訳はだいぶ問題があって、かなりひどい誤訳も含まれている。
NHKがBSでこの作品を放送した時はさすがしっかり作られた字幕が付けられた。しかし字幕は様々な制約からどうしても改変、圧縮をせざるをえない。また第1幕第4場や第2幕のウベルトのアリアの後のように、上演でカットされがちな箇所も。 そんなわけで、今回の対訳付き音楽設計図はとても有意義なものになることと思う。





トリエステ・ヴェルディ劇場来日公演でヴェルディのラ・トラヴィアータ、武蔵野市民文化会館大ホール
売り出し日についチケットを買ってしまったものの、数日前までチケットを売ってしまおうかずっと悩んでいた。何せ武蔵野はとても遠い。
しかし、ヴィオレッタをジェシカ・ヌッチョ Jessica Nuccio が歌うというので興味を持っていた。ここ5年ほどでイタリアの地方歌劇場から最大フェニーチェ劇場やフィレンツェ五月音楽祭までに出演して活躍している。1985年、パレルモの生まれ。ヴェルディのリゴレットのジルダが当り役で、アレーナ・ディ・ヴェローナではレオ・ヌッチと共演している(YouTubeに映像あり)。
結果としては半分ハズレ、半分アタリ。30代半ばにしても歌声が若く青く、かなり娘々しいヴィオレッタ。当然、高級娼婦の趣は薄く、ましてやドゥミモンドの中でも斜陽にある第1幕のヴィオレッタの哀れさはまるでない。第1幕は小奇麗に歌っていたもののアリアは今一つ決まらなかった。また演技力もあまりなく、第2幕は歌演技両面で悲劇性に欠けた。おまけに声量もあまりない。これはハズレた! と思っていたのだが、幸いなことに技術面は悪くなく、第3幕では丁寧な歌でひたむきに切々と歌って見違えるほど良くなった。fila di voce が綺麗に使えるので Addio, del passato が映えたのが何より。元々ヴィオレッタは第1幕、第2幕、第3幕と求められる声がだいぶ違うので難役なのだが、ジルダが当り役のヌッチョに第3幕が合っているのは当然だろう。
ちなみに彼女は、同い年のイタリアのバリトン、シモーネ・ピアッツォラ(2013年のオペラリアの第2位)のパートナーで息子もいるそうな。彼はイタリアの若い世代のバリトンでは非常に有望な人。
アルフレードのジューリオ・ペッリーグラは、シチリアのカターナの生まれ。第1幕はビックリするほど冴えなくて、これまたアチャ。第2幕のアリアのカンタービレではなんと拍手が出なかった。ところがカバレッタで最後を高いハ音に上げ、しかも長々と伸ばして大喝采。このアリアでカンタービレよりカバレッタの方がずっと多く拍手を貰うというかなり稀有な例を目撃した。これで持ち直してこの後はそこそこ。彼はベッリーニの清教徒のアルトゥーロを持ち役にしているので高音は楽々出せるテノールなのだろう。しかしアルフレードはむしろ高音があまりないテノール役、なのでもう少し中音域に滑らかな美感がないと厳しい。
主役3人の中で最も安定していたのは、父ジェルモンのフランチェスコ・ブルタッジョ。1982年、シチリア島の西端エリーチェの生まれ。声はちょっとバッソブッフォ的だし歌い回しに柔軟さがないしと弱点もあるが、当初ベテラン歌手かと思ったくらい堂々としており、なかなかの説得力があった。
指揮者は、武蔵野の予告では中堅のジャンルカ・マルティネンギだったのだが、出て来たのは白髪の老人、大ベテランのファブリツィオ・マリア・カルミナーティ。かつてベルガモ・ドニゼッティ劇場来日公演でドニゼッティのアンナ・ボレーナを指揮した老匠。ドニゼッティの時は特に気にならなかったが、ヴェルディだとちょっと癖を感じる。当然のようにオーケストラがだいぶ非力で、端々で渇を入れて、結果速いところがやたらと速い。全員が劇場の音響に不慣れなので、しばしば歌がオーケストラに遅れてずれる、そこを慌てず修正するのはさすがベテラン、かな? 彼は上野でも指揮するわけだが、東京文化会館でどうなるやら。
演出は、簡素、したがって第3幕がもっとも妥当、とだけ。
バレの男女が参加していて、これはまずまず。
第2幕のアルフレードのアリアとジェルモンのアリアでは、どちらもカバレッタが短縮されたとはいえ歌われた。第2幕 Addio, del passato ももちろん後半まで歌われた(このアリアを前半しか歌っていないものは、上演であれ録音であれ、私にとっては大減点)。
各幕の後に休憩が入るので、上演時間は約3時間。月曜日の夜だとちょっとキツかった。

武蔵野市民文化会館の大ホールは収容が概ね1200席強、ピットを使ったので実際はもっと少なかったろう。オペラはこれくらいのサイズがちょうどいいし、地方歌劇場の雰囲気はむしろこういう劇場でないと合わない。そういう意味での楽しさは味わえた。それに何よりS席の会員価格が14,400円は間違いなく安い。私は最安席だったけど。

ところでジェシカ・ヌッチオが若い世代の歌手だなと感じられたこと、それは第1幕の2回の È stranoの扱い。
旧版では、1回目の È が八分音符、2回目が十六分音符になっている。レチタティーヴォの慣習としてこういうことは滅多にないはずなのだが、とにかく楽譜がそうなっているせいで、今の中堅以上の歌手はこの二つの長さの違いを際立たせて歌う傾向がある。
しかし実際にはヴェルディはそんな書き分けははしておらず、どちらの È も八分音符なのだ。したがってクリティカルエディションでもそうなっている。
それを踏まえているのだろう、ヌッチオは長さで歌い分けるのではなく、少しばかりニュアンスを変えて歌っていた。

余談。
上述の通り、今回の主役三人は全員シチリア島生まれ。それだけでも珍しいことだが、別組のヴィオレッタ、デジレ・ランカトーレもパレルモ生まれなので、イタリア北東辺境の劇場なのに南イタリア成分が多い。さらにアルベルト・ガザーレはサルデーニャ島のサッサリの生まれなので、なぜか妙に島人が多い。






ドビュッシーの放蕩息子とビゼーのジャミレという、まさか日本で生演奏が聞けると思っていなかった上演の極めて稀な作品を一度に聞け、しかも演奏会形式ながら値段は格安という、文字通りの有り難い演奏会、池袋の東京芸術劇場。
ドビュッシーの放蕩息子は元々ローマ大賞向けの作品で、見事大賞を受賞、1884年6月27日に初演された。今日一般的なものは初演から20年以上経ってから改訂されたもので、したがって純粋な若書きの作品ではない。
物語はルカの福音書に出てくる有名な話に基づいている(詳しくは検索を)。正直、私にはこの話のどこが感動的なのかさっぱり理解できないのだが、幸いなことにドビュッシーの作品では放蕩の部分はほとんど触れておらず、家出して長年所在不明だった息子が親元に帰って来る、という程度の話になっているので、抵抗はあまりない。
音楽はたいへん美しい。ドビュッシーのオーケストラ作品の常だが、総譜を見ながらCDを聞くと、オーケストレーションの見事さに感嘆させられる。その一方で、元々の由来ゆえ、ドビュッシーが大賞を得るために手堅く行ったなと思わせてしまう箇所があるのも事実で、台本と合わせると、上演機会が限られているのも納得できる。
歌手では母親役の浜田理恵が傑出していた。オーケストラはドビュッシーならではの透明でキラキラする音楽をを演奏するにはちょっと力不足は否めず、ということは指揮者に責任があるということか。

ビゼーのジャミレは1872年5月22日にパリのオペラコミクで初演された1幕もののオペラ。上演史はどうにも芳しくないのだが、その中にあってグスタフ・マーラーとリシャルト・シュトラウスが好んで取り上げたことが知られている。
アルルの女やカルメンに少しだけ先立つ作品なので、音楽的には素敵な箇所が多々ある。だがいかんせん、台本があまりにも今の時代に合わない。タイトルロールのジャミレは奴隷娘で愛人として買われる、そしてその主人は享楽的で真の愛を知らず、毎月愛人を変える。この状況でジャミレが一途な愛を貫いて、主人が真の愛に目覚めるという物語なのだが、あまりにも男性に都合の良い奴隷娘の姿にはどうにも共感ができなくてまいった。実際、21世紀どころか20世紀ですら物語は受け入れ難かったようだ。
そのジャミレを歌った鳥木弥生がとても良かった。指揮とオーケストラもこちらの方が生き生きとしていたように思われる。
少しばかりカットがあった。

だいぶ挑戦的な演目選定だったけれど、まずまず成功だったと思う。

ところで、どちらも相当に上演が稀な作品だというのに、プログラム冊子にはあらすじが各作品たったの4行しかなかった。特にジャミレは少しばかり展開が分かりづらい作品で、これはあまりに不親切。予習なしで来る観客、オペラには詳しくない観客だって多いだろうに、編集はそういう人たちへの配慮をどのように思っているのだろうか。クラシック音楽にあまり詳しくないような人がオペラを見るには、字幕以上にあらすじが頼りになるのは間違いない。今回だったら1ページ割くのが当然だったと思う。

今回の上演では歌手を前に出して、ジャミレでは多少の小道具、所作、照明効果化があったとはいえ、概ね純粋に演奏会形式で上演してたのは好感。映像もないので字幕は背景に大きく出すことができたのも良い。
セミステージ上演とか簡易舞台上演とか称して、演奏会形式上演にさほど効果的でない演出を付けることは、ほとんどの場合中途半端に終わっていて、よほど巧くやらないと音楽の邪魔にしかならない(しかし作る方は見せることばかり夢中になってしまう)。そしてそのために歌手がオーケストラの後ろに下げられてしまうなんて、本末転倒だ。その点、今回は落ち着いて音楽を楽しむことができたのはありがたい。





来年1月のヘンデル・フェスティバル・ジャパンがジョシュア(ヨシュア)と予告されたので、とりあえずすぐ書ける程度のこと(簡単なあらすじを含む)だけ書いてアップしておいた。こちら
公演が近づいたらもっと詳細な独立ページを作る予定。

一方、新国立劇場が2019/2020年シーズンの演目を発表、その中にエジプトのジューリオ・チェーザレが含まれていた。ともかくもめでたい。

その他にもヘンデルのオペラなどの上演の話があるけれども、もっとハッキリした情報が出るまで待とう。







これはヘンデリアンには素晴らしいニュース。とはいえ対象はもう2年も前に作られたものだけれど。

ヘンデルに忠実に従ったプリマドンナとして知られる、アンナ・マリア・ストラーダ(・デル・ポー)、1729年暮れから1737年1月までロンドンでヘンデルの様々な作品に出演した。
しかしその他の情報はだいぶ乏しく、1720/21年のカーニヴァルシーズン、ヴェネツィアでヴィヴァルディの試練の中の真実の初演でロザーネを歌ったとか、断片的なものばかり。私の知る限りどの本でも生没年は不明。出身はベルガモと推測されており、没地も同じだと書かれていることが多い。
先日、彼女について検索していたら、偶然、ストラーダについての論文のPDFファイルが見つかった。著者は ユディト・ジョヴァール Judit Zsovár。彼女はソプラノかつ音楽学者で、現在はオーストリア科学アカデミーに所属している模様。
これはリスト音楽大学の博士号論文らしく、318ページの英文。リスト音楽大学のサイトの文書庫からダウンロードできる。さらに8ページの骨子も。
生没年が分かっただけでも大きな進歩だ。1775年7月20日にナポリで亡くなっていて、教会の記録に72歳とあるので、1703年(ベルガモの)生まれと推定された。
ありがたいことに平易な英語で書かれているので、318ページ+8ページ、じっくり読んでみたい。





1965年9月、10月、NHKスラブ歌劇団が東京と大阪で公演を行い、大評判となった。ことに初来日したロヴロ・フォン・マタチッチの指揮するボリス・ゴドゥノフは、ボリス役のミロスラヴ・チャンガロヴィチの圧巻の歌と共に今だ語り草になっている。
このボリスのライヴ録音は2016年秋に ALTUS からCDになった。しかし同じ年の2月5日にNHK-FMがこのボリスを放送していたので、私はすぐにはCDを買わなかった。
CDが発売されてすぐHMVのサイトにレビューが寄せられたのだが、それを見て私はたまげてしまった。
> 「ボリスの死」で終わる
> 白痴の唄ではなくボリスの死で終る
いやいや、この時のボリスは当時から、ボリスの死で終わるのではなく、白痴の嘆きで終わることが話題になっていた。それは公演を知らない私(公演は私の生まれる前)ですら伝え知っていたほどだ。
実際、スラブ歌劇のパンフレットに掲載されている堀内敬三によるあらすじには『ひとり残った白痴は、第4幕第1場と同じく“[…]みんな泣け、ロシアの飢えた人々よ”と寂しく歌って幕になる。』と書かれている。間違いない。
ボリスは長らくリムスキー=コルサコフ編曲版で上演されていたが、彼は第4幕第1場の聖ワシーリー寺院の前の広場を採用せず、本来第3場(幕切れ)だったクロームイ郊外の森の空き地を冒頭に回し、第2場のクレムリン内の会議場、つまりボリスの死で幕切れにした。後にR-Mの弟子のイッポリトフ=イワノフが聖ワシーリー寺院の前の広場を復活させているものの、主流はR-M版のままだった。
スラブ歌劇公演では、第4幕第1場が聖ワシーリー寺院の前の広場、第2場がクレムリン内の会議場(ボリスの死)、第3場がクロームイ郊外の森の空き地 で上演された。2016年2月のFM放送もこの通り。
しかしCDを聞いたところが、そこではR-M版と同じくクロームイ郊外の森の空き地、クレムリン内の会議場(ボリスの死)、で終わり。つまり、聖ワシーリー寺院の前の広場が丸々抜けて、かつ順番が入れ替わっている。
前述の堀内敬三によるあらすじはCDのブックレットに再録されているのだが、第4幕の展開はトラックごとの場面説明と合っていない。購入者も含め、誰も不思議に思わなかったのだろうか。
CDの収録時間にはかなり余裕があるのでCD制作時に手を加えたとは思えず、つまりNHKから提供された音源の段階で削除&入替えがされていたのだろう(過去に短縮されたかたちで放送があったという)。
しかしそうであってもこのCDが不完全収録の欠陥品であることには変わりがない。堀内のあらすじを入手した時点でおかしいと気付くべきだったろう。
そんなわけでこのCDはまことに残念な製品となってしまった。FM放送を録音しておいた私はそっちで楽しめば済むが、日本オペラ史に名を残す伝説の公演が歪められた形で世に広まってしまったのは、残念では済まされないことだと思う。





今年の春に、ニューヨークフィルハーモニックの創設175周年を祝って SONY CLASSICAL から65CDのセットが発売された。タワーレコードの販売ページ
残念なことにあまり初出音源(とくにライヴ録音の)が少なく、それでいて高額。半年待ってようやくちょっと安い値段で購入できた。
棟梁のお目当ては、アルトゥール・ロジンスキーが指揮したヴァーグナーのディ・ヴァルキューレ第3幕。1945年5月15,18,22日の録音で、まず78回転盤8枚で発売された後、LP2枚でも発売(棟梁はLPの初版を持っている)。これがディ・ヴァルキューレ第3幕の初の商業録音で、既にワルターらがウィーンとベルリンで第1幕と第2幕を録音していたので、一貫性はまるでないもののこれでディ・ヴァルキューレ全曲が市販されたということになった。
演奏はかなり良い。ロジンスキの音楽は恐ろしくテンションが高く聞き応えがあるし、また1940年代にMETで活躍したヘレン・トローベルはこの頃が全盛期で、力強く朗々と歌い切るブリュンヒルデはなかなか素晴らしい。
しかし第二次世界大戦末期だったことから、このロジンスキーの指揮したディ・ヴァルキューレ第3幕の録音はあまり広まらなかった。CDは一度だけ、2001年にSONYから許可を得た RETROSPECTIVE RECORDINGS というレーベルが発売したことがあるが、SONY自らが発売したCDはこれまでなかった。
そんなわけで今回のSONYからの発売は朗報だった。

ところが、聞き出してすぐに違和感を抱いた。ヴァルキューレの騎行の冒頭、たしかにロジンスキの演奏なのだけれど、記憶にある演奏と何か違う…。
第3場になってそれはハッキリする。何箇所かギョッとするような大きなカットが入っており、演奏時間は50分強しかない(通常70分程度)。咳も聞こえるし、そして決定的なのが終演後の盛大な拍手…。
これはライヴ録音なのだ。つまり表示されているCOLUMBIA社の商業録音(当然スタジオセッション)ではない。
実はロジンスキはCOLUMBIA社への録音の半年後、1945年11月22、23、25日に、ニューヨークフィルハーモニックを指揮して、ヴァルキューレたちまでまったく同じ歌手でこの作品を上演している。うち11月25日は日曜日の午後の演奏で、この枠は1930年以来CBSによって放送されてきた。
つまり、このCDに収録されているのは、1945年5月15,18,22日の商業録音ではなく、1945年11月25日に放送されたライヴ録音なのである。カットが多いのは放送時間枠に収めるための措置だったのではないだろうか。
11月のライヴ録音は何度かCDになっており、古くはAS DISCから出ていたし、現在でもgala の GL100665、ロジンスキがフィレンツェで指揮したヴァーグナーのトリスタンとイゾルデのボーナスとして入手できる。
5月の商業録音と11月のライヴ録音は、演奏時間が10分以上も違うにもかかわらず、キャストが端役に至るまでまったく同じなのでしばしば混同されている。SONY CLASSICAL も音源を取り違えたのだろう。しかし制作者は、演奏時間が妙に短いことや拍手が含まれていることに何も疑問を抱かなかったのだろうか。
カットが多いのは困りものだが、演奏そのものはロジンスキは演奏会での方がより燃焼度が高く、歌手も演奏会の方がのびのび歌っている。図らずして貴重なライヴ録音が発掘された、蔵出し音源の掘り出し物になった。

ちなみに11月の演奏会は今からは考えられないような曲目だった。ニューヨークフィルハーモニックのデジタルアーカイヴで確認すると、全体はニーベルングの指環の抜粋で、ラインの黄金のヴァルハラ城への入場、ディ・ヴァルキューレ第3幕、休憩を挟んで、ジークフリート第2幕から森のささやき、神々の黄昏の幕切れ。つまりディ・ヴァルキューレ第3幕は前半に演奏されているのだ。普通だったらそこまででお腹いっぱいだろう。第3幕第3場だけでもよさそうなところなのに、第3幕全部上演したのは、もしかしたら半年前の録音が発売される直前に宣伝する意味もあったのだろうか。





Bellini Goten
(pagine in preparazione)





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