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新着情報

ロッシーニ モイーズとファラオン 対訳付き音楽設計図および解説。


ヘンデル エジプトのジューリオ・チェーザレ 対訳付き音楽設計図完成。
主な追加アリアなどや楽曲解説は追って。

ヘンデル シッラ あらすじ付き音楽設計図

ヘンデル ジョシュア/ヨシュア 対訳付き音楽設計図

ロッシーニ 湖の女/湖上の美人/湖上の美女 対訳付き音楽設計図


ロッシーニ デメートリオとポリービオ 対訳付き音楽設計図

ロッシーニ ひどい誤解 対訳付き音楽設計図


ロッシーニ セミラーミデ 対訳付き音楽設計図


モニューシュコ 幽霊屋敷 あらすじ付き音楽設計図


ヘンデル ソロモン 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ロッシーニ リッチャルドとゾライデ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アリオダンテ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)

ヘンデル アルチーナ 対訳付き音楽設計図 (楽曲解説は後日)











ROFで上演するはずだったロッシーニのモイーズとファラオンの対訳付き音楽設計図および解説を公開。
モイーズとファラオンのフランス語台本からの日本語訳はおそらく初。いつも通り分析的な直訳で読みづらいかもしれないが、作品の理解には十分だろう。
昨年末に台本チェックから取り掛かっていたのだが、途中ヘンデルのシッラとジューリオ・チェーザレで中断しつつ、第1幕の訳が出来上がるという頃にウイルス禍が深刻になってしまい、ROFでの上演もまず絶望的になってしまった。やり始めたからには完成させなくてはならないとは思いながらも、オペラを聞く気分にすらなれず、3月後半から5月下旬までは作業が捗らなかった。予定より2か月近く遅れての公開となった。

さてこのモイーズとファラオンの対訳付き音楽設計図、そもそもフランス語台本の部分が貴重である。というのも、モイーズとファラオンは初演時の印刷台本と出版譜(ピアノ伴奏、総譜)の間で歌詞の相違が甚だしく、おそらく2割近くは異なっているだろう。したがって訳づくりにあたって印刷台本をそのまま用いることができない。インターネット上にはオペラの台本がいろいろ公開されているのだが、モイーズとファラオンに関しては印刷台本に基づいたものばかりで、楽譜記載の歌詞に忠実なものはほとんどない。1997年のROFでの上演の際のプログラムに記載の台本(これはCDに転載されている)ですら細部で相違がある。この音楽設計図では、初演の頃の Trourpenas のピアノ伴奏譜に記載のある歌詞のまま訳している。

かなり前にオペラ御殿に書いた解説なども、今回大幅に修正した。正直、かなり間違いが見つかった。申し訳ない。

フランス語のモイーズとファラオンはなにせ上演が稀なので、今年のROFの上演が流れてしまったのは本当に残念だ。本来の幕切れである賛美歌まで含めた素晴らしい上演が記録されただろうに。役目を失ってしまったこの対訳付き音楽設計図だけれども、遠からずどこかで上演が実現し、その時に役に立つことを祈ろう。


1月のジョシュアの感想も書きかけのままで、2月22日の特大空振り演出だった池袋でのラ・トラヴィアータの感想もまったく書いていないのだが、気が向いたら。





ヘンデルフェスティバルジャパン公演で、ヘンデルのジョシュア(ヨシュア)
ジョシュアは、1745年から1746年にかけておこったジャコバイトの反乱とそれに対する英国軍の完全な勝利を反映した4つの作品のうち、最後に作曲された作品で、残りの3作は、機会オラトリオ(1746年2月14日初演)、ジューダス・マカビーアス(1747年4月1日初演)、アレグザンダー・バラス(1748年3月23日初演。ジョシュアは初演ではアレグザンダー・バラスの半月前の1748年3月9日に初演。
この4作の中では圧倒的にジューダス・マカビーアスが人気が高い。この作品は、ジャコバイトの反乱を鎮圧したカンバーランド公ウィリアム・オーガスタスをジューダスに重ねて称賛する内容。
ジョシュアは、ジューダス・マカビーアスの大成功を受けて、ヨシュア記のヨシュア/ジョシュアをカンバーランド公に重ねる、という点でジューダス・マカビーアスの路線を踏襲しているが、しかし作品の仕立ては少々異なる。ジューダス・マカビーアスがじっくりした展開で物語がある程度一貫しているのに対し、ジョシュアでは3幕に13場の様々なエピソードを羅列し、物語の一貫性ではなく次々と場面が移り変わることを重視している。これは、戦勝高揚気分が少し収まってきたことから、戦争をダイジェスト的に見ようという姿勢の表れだろうか。
ジョシュアは、音楽的には素晴らしい曲が多々あるにもかかわらず、人気はジューダス・マカビーアスに遠く及ばず、今日でも上演頻度は多くない。
問題点は二つある。
第一に、作品を理解するには旧約聖書の知識やジャコバイトの反乱の知識を要すること。今回、上演に合わせてトマス・モレルの台本を全文訳してみてよく分かったが、各場面は観客にヨシュア記や出エジプト記の知識が十分にあることを前提に書かれている。さらにその上で、各場面がどのようにジャコバイトの反乱とカンバーランド公を示めしているかの理解が求められている。初演時であれば容易に理解できであろうことは、当然その後は分かりづらくなってしまった。






ヘンデルのシッラ、あらすじ付き音楽設計図を作った。 だいぶ簡潔なあらすじにしてしまったけれど、シッラならばこれで十分だろう。
というのも、シッラはバロックオペラにしても展開がかなり唐突で、物語を理解しながら聞こうとすると面食らってしまう。それを適当にうっちゃりながら、アリアが歌われる状況の理解を優先して聞いた方が良いと思う。音楽的には優れた曲が少なくない。

神奈川県立音楽堂の公演に合わせて、GLOSSAから出たファビオ・ビオンディが指揮したCDに解説の日本語訳と台本の伊日対訳が冊子でつけられたり、日本ヘンデル協会がのシッラの解説、伊日対訳を冊子で出し、両方参考にさせてもらった。
対訳は、正直、一長一短で、どちらも役に立つ一方で、どちらにも少々勇み足(歌詞の解釈を考え過ぎてかえっておかしくしてしまっている)のところもある。解説の見解の違いもあるので、可能であれば両方持っていていいと思う。
なお日本ヘンデル協会の対訳は、1713年の時の印刷台本に基づいて作られているので、ところどころ楽譜の歌詞と異なっている個所がある。いっぽうこちらは便利な注を多く付けているのがありがたい。
なお、御殿のあらすじ付き音楽設計図は Bärenreiter の楽譜を基にしているが、CD2種の演奏はこれを用いておらず(たとえば、シッラの一番最初の台詞が異なっている)、結果的にどの録音も対訳も Bärenreiter 譜とは異なっている。

ついでだが、今回から楽曲解説部分はCSSで完全横2段組にすることにした(これまでは1段横500pxを指定していたので、横長過ぎると3段組になった)。したがって横長画面で閲覧すると1行が長すぎることもあるかもしれないので、その場合はブラウザの幅を適宜絞って見ていただきたい。






ヘンデルフェスティバルジャパンの公演で、ヘンデルのジョシュア/ヨシュア
ジョシュアはヘンデルの英語のオラトリオの中でも、全然ではないにしてもあまり人気がない作品。まさか日本で上演を聞けるとは思わなかったので、対訳付き音楽設計図を作り、楽譜を見ながらCDを4種聞いて、よく予習してから公演に臨んだ。

ジョシュアは、1745年から1746年にかけて英国で起こったジャコバイトの反乱(詳しくは検索を)とそれに対する英国軍の完全な勝利を反映した一連の作品群の一つである。他の3作は、機会オラトリオ(1746年2月14日初演)、ジューダス・マカビーアス(1747年4月1日初演)、アレグザンダー・バラス(1748年3月23日初演)。ジョシュアは作曲順では最後に書かれた。 主人公を、英国軍を率いカロデンの戦いでジャコバイト軍に完勝したウィリアム・オーガスタス,カンバーランド公に重ねているという点で、ジョシュアは、大成功を収めたジューダス・マカビーアスの路線を引き継ぐ作品ではある。ただし、同じ台本作家 トマス・モレル でありながら、作劇の方向性は少し異なる。ジューダス・マカビーアスが基本的に劇として一貫した展開を持っているのに対して、ジョシュアは13場の各話が弱い関連性で連なっており、予備知識なしで聞くと場面や状況が次々と変わっていくので戸惑わされる。
加えてジョシュアの物語を理解するにはヨシュア期の他、出エジプト記、申命記などの旧約聖書の知識が必要で、さらに各場面の持つ意味を理解するにはジャコバイトの乱とカンバーランド公の知識も必要になる。






マリインスキー劇場来日公演でチャイコフスキーのマゼーパ(マゼッパ)、演奏会形式、日本初演。なおロシア語での Мазепа の発音は マゼーパ に近いのでここでもそれを採用する。
これは強烈な、猛烈に面白くそして涙が零れるほど感動した上演だった。マゼーパはチャイコフスキーのオペラの中ではマイナーな方なのだが、しかし素晴らしい傑作であることを実証していた。

マゼーパはユリウス暦1884年2月3日(グレゴリオ暦2月15日)にモスクワのボリショイ劇場で初演された。作曲時期は有名なピアノ三重奏曲 イ短調 Op.50 偉大な芸術家の思い出に と重なる。1880年代前半のチャイコフスキーは大規模作品はほとんど手掛けておらず、マゼーパが唯一の例外である。
物語は1709年のポルタヴァの戦いを基にしている。マゼーパとはウクライナのコサックの首領イヴァン・マゼーパのこと。ポルタヴァの戦いではカール12世のスウェーデンがピョートル大帝のロシアに攻め込み、マゼーパはスウェーデン側につくのだが、ピョートル大帝の巧みな反撃によってスウェーデン軍は大敗を喫してしまう。カール12世とマゼーパはかろうじて戦死は免れたが、マゼーパは敗走中に病死した。
この史実を基に、プーシキンが叙事詩 ポルタヴァ を書き、そこで老マゼーパとマリアの愛(これも史実であるが二人は結ばれることはなかった)を軸に据え、過酷な運命に巻き込まれる人々を描いている。

さてチャイコフスキーのマゼーパだが、同じプーシキン原作で5年前に作られたエフゲニー・オネーギンと比べるとかなり作風が異なる。チャイコフスキーは総じて当時のロシアでは西欧寄りの洗練された作風の作曲家で、それは特にオネーギンについて言えるのだが、一方マゼーパは非常に力強く時に血なまぐさく、極めてロシア臭い歴史大作である。しかもマゼーパでは登場人物が多かれ少なかれ矛盾を抱えている。
ことにマリアは、両親を捨てて権力者マゼーパを愛し、マゼーパとのやり取りではツァーリになるマゼーパを夢見る野心家の面もありながら、しかしマゼーパに父コチュベイが処刑されると父を救えなかったことから狂乱してしまう。性格が矛盾と言う以上に破綻しているほどだ。チャイコフスキーはその気になればマリアの狂乱をマクベス夫人のように悲惨な末路に描くこともできたはずだが、しかしマリアの狂乱の子守歌は実に美しく切なく泣ける、つまりチャイコフスキーは哀れなマリアに同情し愛情を注いでいる。権力者を愛して父母を捨てても、それ即ち非道な愛と切り捨てず、純愛をも見て取り、それによって人間の深い奥底を見せている。
コチュベイは娘を奪われた腹いせにマゼーパの反逆を密告するが、逆に偽りの告発とされて処刑される。たしかにマリアの洗礼親=代父であるマゼーパがマリアと結ばれるのは近親婚並みに宗教的タブーではあるが、だからと言って仕返しに密告するのは道義にもとる。それでも牢獄の場面と処刑の場面でのコチュベイは殉教者のごとく崇高で、その歌は感動的だ。
マゼーパは、マリアを心から愛し(素晴らしいアリアが与えられている)ながらその父コチュベイを拷問にかけた上処刑してしまう。さらに、今回の上演では大半がカットされていたが、アンドレイを殺害するのもほとんど正当防衛。ロシア帝国から見れば大逆賊であり、あらゆる人物の破滅の引き金を引くマゼーパが、しかし単なる悪役になっていない。明らかにチャイコフスキーは(プーシキン以上に)マゼーパに人間的魅力を与えている。彼が狂乱したマリアを見捨てて逃亡する時ですら、チャイコフスキーは彼を非情にばかり扱っていない。
そもそも人間は誰もが矛盾を抱えており、現実の人間は類型化されうるようなものではない。実際、歴史に登場する人々なんて呆れるほど矛盾だらけな人が多い。
チャイコフスキーのマゼーパでは、この矛盾を抱えた人物たちが、半ばポルタヴァの戦いという歴史の渦に巻き込まれ、半ば自らが災いを招き、全員が悲惨な結末を迎える。矛盾を抱えていた人たちばかりであるがゆえに人間の弱さ愚かさが目立つ一方、矛盾を抱えている人たちであっても人間がゆえに悲哀は強く感じられる。その作劇は西欧的な合理性とはまったく異なるもので、ほとんど無常観のようなものすら漂っていて、それがマゼーパを底力のある滅びの劇にしている。そしてチャイコフスキーがこれに渾身の音楽を与え、この作品には他のオペラにない感動な作品になった。
ところで今回、公演前に総譜見ながら2種の全曲録音を聞いて予習したのだが、その時にとても興味深かったのが、第2幕の処刑の場面で唐突に現れる酔っ払いのコサック兵。場違いなように陽気な酔っ払いの歌を歌って顰蹙を買う役なのだが、彼の言っていることをよく聞くと、コチュベイたちのあまりに苛酷な運命を目の当たりにして耐えられなくなくなった彼は酒を飲んで現実逃避するしかなかった(あるいは狂気に陥ったと見てもよいだろう)、良心のある人物と見ることもできる。群集が結局は処刑を物見する中で、彼は世間の薄情さを相対的に浮き上がらせているような気がする。
もちろんチャイコフスキーの音楽はとても素晴らしい。第3幕への導入曲であるポルタヴァの戦いの音楽の勇壮さは、チャイコフスキーの音楽でも屈指の輝かしさを持つ。この曲を含め、別働のバンダが目覚しく活躍する。合唱も充実している。チャイコフスキーの音楽をなよなよしていると思っていると完全に意表を突かれるだろう。
作品について書いているとキリがないのでここまで。

演奏がまた大変素晴らしかった。ワレリー・ゲルギエフとマリインスキー劇場はこれまで度々この作品を取り上げ、その中には2006年3月のメトロポリタン歌劇場での8回の上演も含まれる。どうやら今年の5、6月にもサンクトペテルブルグで今回と同じ歌手陣で上演されたようで、したがって演奏会形式とはいえ全員暗譜で歌いよく動き簡単な所作をつけていた。P席に合唱を据えたこともあり、余計な映像などはまったくなし。
タイトルロールのウラディスラフ・スリムスキーが圧倒的に素晴らしかった。悪役的な堂々とした声を持つバリトンでありつつ、父性の魅力がある。メイクがないと老人に見えない点だけが難。
コチュベイのスタニスラフ・トロフィモフは、大半が苦悩している辛抱役のような難しい役を深々とした声でじっくり歌いきって、こちらも素晴らしかった。
マリア・バヤンキナはいたって娘らしい役作りで、もうすこし野心も見せてよいような気もしたが、しかし歌の水準は極めて高い。しかも舞台栄えする美女。ただそんな彼女がドレス姿で歌う狂乱の子守歌は、演奏会形式上演の限界で、今一つ壮絶ではなかった。もし舞台上演でボロボロの姿に変わって血まみれのアンドレイを抱きかかえながら子守歌を歌ったら、もっとずっと胸を打ったろう。
彼女の母リュボフのアンナ・キクナーゼ、アンドレイのエフゲニー・アキーモフほか、脇まで充実。
ワレリー・ゲルギエフの指揮については、圧倒的だったという他には必要ないだろう。何度も取り上げて来ただけに、オーケストラから合唱、バンダにいたるまで完全に音楽をこなしていた。ゲルギエフにとっても、マゼッパの独特の感動は特別なものなのだろう。
第3幕のアンドレイとマゼッパのやりとりがほとんどカットされていた。これは古いモスクワ録音でもそうだったので、慣習的カットかもしれない。
第3幕への間奏曲であるポルタヴァの戦いは、楽譜通りだと戦いが収束するのに合わせてオーケストラが静かになっていくのだが、この日は賑やかなコーダで締め括られた。指揮用総譜がえらい黄ばんだ古びたものなのに、そこだけ新しい白い紙だったので、明らかにそこだけ総譜とは別の音楽なのだろうが、事情は良く分からなかったが、どうやら演奏会形式用コーダらしい。

残念なことに入りは悪かった。しかしカーテンコールで残った観客の熱狂振りは滅多にないほどだった。実は私もその一人。
傑作という認識のなかった作品の真価を知らしめてくれたという点では、近年特に強烈な上演だった。ゲルギエフ、やはり凄い人だ。

あえて一つだけ不満を。それはホール。サントリーホールに慣れている人はこのホールの残響の多さに疑問を感じないのかもしれないが、普段(海外を含め)オペラを主に聞いている知人たちの多くが、声がボヤけるとぼやいていた。特に2階のセンターから奥は風呂場状態だったろう。
私はマゼーパがサントリーホールで上演されると知り、悩んだ末、滅多に買うことのない2階の特等席を選んだ(ほぼ同時期のリサイタル2つに行くのを止めて予算を回した)。これは賭けだったが大正解、ステージ前方で歌われた歌は反対側に行ってしまった時を除けばまったくストレスなく聞けた。オーケストラはこの近さでもホールの特性で音像が丸くなりフワリとしてしまうが、慣れれば許容できる程度だった。P席中央で歌う合唱は2階脇の私の席と高さがほぼ同じなのでこれもよく聞こえた。
サントリーホールでオペラを上演する時は、声をしっかり聞こうとすると奮発するか諦めるかになるかで、大抵は後者になる。今回は諦めず決断して正解だった。

最後になるが、チャイコフスキーを研究して評伝も書いている小松佑子が、マゼーパに関連する論文を二つ書いており、どちらも無料で閲覧が可能。「マゼーパ≫研究 : プーシキンの叙事詩『ポルタヴァ』とオペラの美学」と、「А.С.プーシキンのピョートル大帝時代への関心. ――叙事詩『ポルタヴァ』の創作を通して――.」と、それぞれ検索をかければPDFファイルをダウンロードできるサイトが見つかるはず。ことに前者はチャイコフスキーのマゼーパについて極めて詳細に調査しており、露日対訳まで付いている。長い論文だが、今回の上演でマゼーパに興味を持ったならば必読。






藤沢市民オペラでロッシーニの湖の女(湖上の美女)、演奏会形式、日本初演
これは特筆すべき素晴らしい上演だった。ロッシーニのナポリ時代のオペラセリアの中でもことに人気が高く、かつ極めて難しいこの作品が、実に立派に鳴り響いた。日本人によるロッシーニ演奏はこれまである程度の限界を感じざるをえないことが少なからずだったのだが、この上演はそれを打ち破り、日本におけるロッシーニ上演史を一つか二つ上に押し上げたものとなった。
しかもそれを成し遂げたのが市民オペラだとは!

今回の日本初演の何がどう凄いのか、作品を知らないと話が始まらないだろうが、まったく知らないという人はとりあえず第2幕の超絶な三重唱を聞いていただければ少しは理解できることだろう。
この極めて難易度の高い湖の女は、欧米におけるロッシーニルネサンスの象徴となった。1980年にROFが始まるより前から上演の試みはあったが、ROF2年目の1981年のクリティカルエディションによる初上演が大成功を収めて、これがロッシーニのオペラセリア復興への大きな弾みになった。湖の女とランスへの旅の復活が初期のロッシーニルネサンスの両輪である。

さて藤沢での演奏会形式日本初演、この作品を取り上げただけでも快挙なのに、その演奏の充実が大変に高く、その点で単なる日本初演とは訳が違う。特に強調しなければならないのは、ロッシーニの要求をこなせる歌手を集めたというだけでなく、オーケストラ、合唱、さらには舞台裏のバンダ(重要な役割を担う)まですべてが園田隆一郎の指揮を中心に一丸となって熱気を孕んでいたことだ。この作品は本当に傑作だよな、と思えたのは上演がよかった何よりの証拠だろう。

ウベルトの山本康寛は出番が多い上に第2幕前半に難しい歌が続くので、第1幕はだいぶ慎重に歌い進めていた様子だが、高音がよく伸びそして歌い口に気品があってこの役には打ってつけだった。第2幕冒頭の高い音域で装飾歌唱を繰り広げる至難のアリアでは相当緊張した面持ちだったが、乗り切れると思われた頃にようやく笑みが零れていたのが印象的だった。続くこれまた至難の三重唱では、ウベルトに高い二音からDCBAGFEDCと下がる音型がある。たいていの歌手はこの高い二音を避けてCBAGGFEDCで歌ってしまうのだが、山本は、1回目だけとはいえ、楽譜通りニ音から歌っていた(2回目は下からのヴァリアンテ)。彼は真面目かつ挑戦的な歌手なのだろう。
ロドリーゴはこれまで高音が出せるテノールがバリバリ歌うイメージがあったのだが、小堀勇介はむしろやや抑え気味に丁寧にじっくりと歌っていた。ロドリーゴは好戦的ではあるがクラン(氏族)の首領であり、その貫禄が感じられた。彼も高音にはまったく不安はない。軽めのテノールという私のイメージを覆して、低い音域もしっかりしていて、これまた役に打ってつけ。
ちなみにこの二人はROFの2016年の若者公演のランスへの旅でリーベンスコフ(とドン・ルイジーノ)を分かち合った同士である。つまりROFのアッカデミアの成果がここに聞けたのである。
そしてマルコムの中島郁子が素晴らしかった。今でこそ装飾歌唱を軽々とこなせるメッゾソプラノはたくさんいるが、1990年代半ばまではそれを易々とこなせたのはマリリン・ホーンくらいで、たとえ高名なメッゾソプラノといえども技術的にはロッシーニの音楽に十全に対処できていなかった。マルコムにおいても、有名な第1幕のアリア 幸せな壁よ の方は見事に歌えても、第2幕の合唱付きアリアで音楽に負けてしまうことがしばしばだったのだが、まさか日本でこのアリアを見事に歌いきれるメッゾがいるとは思わなかった。彼女は9月のメリベーアも良かったけれど、男装メッゾの方が遥かに本領発揮。私は3年前の藤沢でのセミラーミデをチケット買っていたのに行けず、彼女のアルサーチェが評判になったことは耳にしていたものの、これほど力量の高いロッシーニメッゾだったとは知らず、心底驚いた。中島にはぜひ、ロッシーニのセリアのメッゾのアリアでおそらく最もドラマティックな、ビアンカとファッリエーロの第2幕の大アリア、君は知らないのだ Tu non sai に挑戦してほしいものだ(終盤の音楽はかなり似ている)。
エレナの森谷真理は美声のソプラノで、湖上の美女の名をを具現していた。ただ、不満を言う程ではないと前置きしつつ、タイトルロールとしてはもう一歩、音域的な問題なのか、サロメ(!)や蝶々夫人のような重い役を歌った影響なのか、あるいは単に準備不足なのか、ともかくロッシーニ『も』歌う歌手という印象に留まっていたのは惜しい。
このロッシーニ『も』という点ではドゥグラスの妻屋秀和も同じだが、まあ-これはいつものこと。
脇役のアルビーナの石田滉、セラーノの渡辺康とも美しく伸びのある声で、この辺の人選にも抜かりがない。

オーケストラと合唱は市民参加で、もちろん技術的にプロと同等ではないのだが、それを埋めて余りあるほどに練習の跡がしっかり感じられた。なにより彼らが園田のロッシーニへの愛をしっかり受け止めていたのが良い。バンダは、カーテンコールでかなりの人数が出て来た。舞台裏でアンサンブルを演奏して舞台上と合わせるのは考える以上に難しく、これがピチッと合っていたのもまた練習の成果だろう。

諸団体が手を出さなかったほどの至難の作品を市民オペラで取り上げ、練り上げ、成功に導いた園田隆一郎にはどれほど称賛しても足りないほどだ。どんなに指揮者に職業的力量があっても、ロッシーニの音楽の真髄を掴んでいなければここまでの成功は不可能だったろう。アルベルト・ゼッダの高弟である園田はここで、単に日本初演を成功させただけでなく、日本でのロッシーニのオペラセリアの世界を開いたものだった。

チケットが安かったので、私には珍しく平土間前方中央で聞いた(周囲の席には知人ばかり)。歌手が間近に聞けるのはもちろん、左からウベルト、右からロドリーゴ、その間にエレナの歌が立体的に聞ける貴重な経験ができた。また演奏会形式だったおかげで、たとえばドゥグラスのアリア(ロッシーニが書いたものではない)だけホルンが4本になっていることが予想以上にはっきり聞き取れた(ピットからだとそれほど違うようには感じられない)。

この12月1日は首都圏でいくつもオペラや演奏会が重なっていたにもかかわらず、会場には本当にたくさん知人や音楽関係者がいた。市民オペラがこれだけ注目の的となるというのがまた凄い。とにかく意義深く、そして素晴らしい上演だった。






マリインスキー劇場来日公演で、チャイコフスキーのスペードの女王
ちょい前置き。
先日、捜し物をしていたら、十数年前に買ったまま段ボール箱の中に仕舞いっぱなしのチャイコフスキーのスペードの女王のDOVERの総譜を見付けた。800ページ弱もある分厚い冊子で、邪魔で箱にしまったまま忘れていたようだ。
スペードの女王はCDで聞いたことはもちろん、上演も見たこともあるので、予習をどうしようと思っていたのだが、せっかくなので総譜見ながらCDを聞いておさらいすることにした。2回聞いたうちの一つは、1988年のブルガリア、ソフィア歌劇場の録音、指揮はエミール・チャカロフ。ちなみにチャカロフは将来を大いに期待された指揮者だが、1991年に43歳で亡くなった。
これが予習用には上出来過ぎの演奏で、総譜見ながら聞くと、スペードの女王のオーケストラレイションがいかに冴えているか非常に良く分かる。この作品はチャイコフスキーがフィレンツェで一月半ほどで総譜を書き上げたと言われるが、天才が最充実期に題材に入れ込んで猛烈な集中力で書き上げたことが総譜からビシビシ伝わって来る。
ちなみにもう一つはヴラディーミル・ユロフスキーが指揮したテル・アヴィヴでのライヴ億音。こちらはいたって予習向きの演奏。

さて公演。
音楽的にはまあまあというところ。物凄く感動したというわけではないが、しかしマリインスキー劇場の面々ならいきなりその日の朝にスペードの女王の上演が決まってもこれくらいできるというくらい手馴れたものだった。
というのも、ワレリー・ゲルギエフとオーケストラは前日11月29日には高知県高松市で晩公演をしており、つまり当日の朝一番で東京に飛んで15時から上演のはず(まさか夜中にバス移動じゃなかろう)。それを考慮に入れると良く頑張った!なのだけれど、聞く方としてはだから寛容に聞くうわけにもいかない。さすがにオーケストラが万全とは言い難かったが、まあなんとか。
肝心のゲルマンのミハイル・ヴェクアが今一つで、特に第1幕が安定せず冷や冷やした。第2幕第3幕では持ち直したものの、全般に地味なゲルマンで、この強烈に屈折した人物像には物足りなかった。とはいえ致命的に悪いほどでもない。
リーザのイリーナ・チュリロワは中音域が充実しており、演技も上々。高音が時々突っ張るのが惜しい。
重要な役どころである伯爵夫人のアンナ・キクナーゼ、トムスキー(アリアが2曲ある)のウラディスラフ・スリムスキー、チェカリンスキーのアレクサンドル・トロフィモフ、いずれもとても立派な歌。それもそのはず、彼らはマゼッパの公演の主役たちで、掛け持ち出演。なんと3日連続で歌う。
そして話がオーケストラに戻るが、過密楽旅から来る綻びはあっても、全体としては熱気を孕んだ音楽で総じて楽しめた。

アレクセイ・ステパニュクの演出は2015年にお披露目の新しいもの。5対の開閉幕を駆使して舞台に変化をつける。
この演出はちょっと面白く、深いことを考えずに見れば多少不思議に思うことはあっても普通にスペードの女王として見られるのだが、随所に演出家が置いた仕掛けを拾っていくと別の世界が見て取れる。
冒頭、少年がカードタワーを作っていると、巨大な婦人が彼にカードを渡す。5階からは良く見えなかったが、間違いなく 3-7-A だろう。この少年は幕切れにも登場し、全体の枠を作ることになる。
そもそも第1幕の夏の庭園の場面が暗く、春の陽光降り注ぐようには見えない。彫像が目立つ一方、木々は寂しい。
第2幕前半の宴の場面。通常、冗長とみなされて、短縮ないしはカットされてしまうこともある場面だが、ステパニュクはここをキッチリ作っている。いや、むしろ御伽噺的な非現実感を強調しているかもしれない。そしてそこに士官姿のゲルマンがうろうろして、ひどく浮いてる。考えてみれば、エカテリーナ女王まで訪問するような政府高官の宴に一士官が参加するなんて奇妙だ。この違和感が後々効いてくる。
第2幕後半、侯爵夫人の部屋には暖炉があるのだが、わざわざCGでニセモノ感を強調している(映像を使うなら本物の炎の映像の方が普通)。大椅子に倒れ込んで死んだ侯爵夫人だが、幕切れにはスックと立ち上がって歩き出す。
第3幕、侯爵夫人の亡霊はなんとゲルマンのベッド(兵舎にあるような質素な寝床)の下から現れる。
続くリーザの場面、運河の水は、先の炎と同様、紗幕にCG投影の非現実的なもの。リーザは入水せず、奥からから前方に出てくる賭博上をゆっくり抜けて消え去る。
そして大詰めのカード勝負は、しかしもうゲームになっておらず、ほとんどカードをばら撒いているかのように見える。そしてゲルマンが勝負に敗れると、賭博場ごと後に奥へゆっくり下がって行く。ゲルマンは自らを刺すこともなく、呆然と座りこけているのか座ったまま死んだのか、彼の目を少年が閉じてやり、少年がゆっくり後ろに下がって幕切れ。
ステパニュクはどうやら枠構造の中を非現実にして、狂気のゲルマンの妄想に仕立てているようだ。少年の頃に3-7-Aの伝説を知ったゲルマンは、賭博に惹かれるが貧しくて手を出せない。手を出せないのは深窓の令嬢リーザも同じ。その二つが彼を苛み狂気に陥れる、というようなことだと、私は理解した。演出家の意図は違うかもしれないけれど、私にはそうとしか見えない。
ただ何せ5階席、もっと良い席で見れば、あるいは2度見れば、もう少し理解が深まったかもしれない。映像が出回れば見直してみよう。

消費的感想とは別に、何をいまさらと言われそうだが、とにかくチャイコフスキーの音楽が凄いこと!嵐のような迫力満点のところも静寂に包まれる場面も、すべて圧倒された。総譜見て予習したことで、オーケストラがこんなにも雄弁なのか!と何度も舌を巻くことになった。オペラ好きの私だが、それでももし高機能オーケストラによる歌の無いスペードの女王なんて演奏会あったら聞いてみたいと思ったほどだ。






昭和百合劇場で父スカルラッティの貞節の勝利、11月15日 金曜日、17日 日曜日。新百合ヶ丘は家からはとても遠いところだが、どうにか両日公演見ることができた。金曜日は2階席、日曜日は平土間前方。
貞節の勝利は、1718年11月26日、ナポリのフィオレンティーニ劇場で初演された、スカルラッティの(ほぼ)唯一の喜劇。とはいえ私たちに馴染みの深いオペラブッファとは作りがだいぶ異なり、バロックのオペラセリアの雛形に、喜劇的登場人物による滑稽な場面と歌を取り入れたような作風。この時スカルラッティは58歳。貞節の勝利は彼のオペラの最後から数えて何番目というくらいの作品で、最初から数えたら何十何番目になるのか分からない。
設定やあらすじは公式サイトにあるので省略。初演の段階で、主役のリッカルドは男装ソプラノ、年増女のコルネーリアは女装テノール。復讐に燃えるエルミーニオがカストラート役。
スカルラッティのオペラは総じて復活が遅れているが、その中で貞節の勝利は、ひどく不完全ではあっても、1937年に英国で蘇演され、いくつかの上演を経て、1950年にはカルロ・マリア・ジュリーニの指揮で収録もされている。シリアスなダカーポアリアの連続に飽きてしまう20世紀半ばの聴衆でも、滑稽な場面が挟まれるこの作品は飽きることなく見られたのだろう。
なお今回の公演では日本初演という表記が見られないのが気になっていたのだが、どうやら少し前に東京オペラ・プロデュースが日本初演をしていた様子。うっすらと記憶はあるものの、見ていないし、オペラプロデュースのサイトにも記録が出ておらず、詳細は不明。
さてOpera Baroqueのサイトの記述を見ると、1980年代以降、結構な数の上演があったことが分かる。中でも2001年11月のパレルモ・マッシモ劇場でのファビオ・ビオンディによる上演は知られている。
今回の上演は、2018年7月22、24、26、28日に南イタリア、マルティーナ・フランカのイトリアの谷音楽祭で上演された舞台を持ってきたもの。ただし、今年3月に昭和百合劇場で上演されたメルカダンテのフランチェスカ・ダ・リミニがほぼマルティーナ・フランカの面々による上演だったのと異なり、今回は歌手に関しては日本人主体。現地からの引継ぎは、エルミーニオのラファエーレ・ペーとロディマルテのパトリツィオ・ラ・プラーカの二人だけ。
既に人気カウンターテノールとして活躍しているペーが一頭地抜けていたのは当然だろう。ことに激しい装飾歌唱のアリアはいずれも拍手喝采だった。しかし日本人たちも、多少慣れぬバロックオペラにたいへんそうだった感はあったとはいえ、訓練の跡が良く出ていて頑張っていた。個人的にはリッカルドの迫田美帆の自然な歌い口が気に入った。そして老人役の小堀勇介は、もっと出番がほしい、もっと難度の高い歌が聞きたくなるほど素敵に歌ってくれた。
指揮のアントニオ・グレーコ、レチタティーヴォの伴奏を務めながら、この長い曲を見事にまとめていた。
オーケストラはピリオド楽器演奏。実のところ15日の当日までオーケストラがピリオド楽器演奏とは知らなかったし、そんな告知はされていなかった。これは藤原歌劇団がピリオド演奏の意義を認識していないことからの大きな失点だ。もしピリオドオーケストラによる父スカルラッティの大作上演ということが知られていたら、バロックオペラには興味がなくても足を運んだであろうピリオド器楽系の客層がいただろう。何ともったいない! ホールが中規模なこともあって、ピリオド楽器演奏は非常に効果的だった。ヴァイオリンとヴィオラは立奏していた。
ジャコモ・フェッラウとリーベロ・ステッルーティによる演出は、舞台を1969年、つまり今から50年前のナポリに舞台を移している。そして序曲が鳴る前に現在のリッカルドの墓を見せ、そこに息子と孫娘がお参りする場面から始めている。序曲が始まると時が1969年へと遡り、孫娘が50年前に亡くなったお爺ちゃんの姿を目撃する。これが幕切れと枠構造を作っていた。
舞台装置は簡素だが十分な作り。動きは結構細かく付いている。
厳しいことを言えば、イタリア人スタッフがいるにもかかわらず、相変わらずあちこちで日本人的な大げさな所作が目立った。たとえばコルネーリアの酒臭い息を嫌がるのもあんなに大げさにやる必要は無い。あまり大げさな所作が多いと舞台が煩くなる。
先日の新国立劇場でのドン・パスクワーレの合唱の動きもそうだったが、おそらく日本人臭い演技というのは、観客に対して、ほら分かってくださいよ!と念を押すような発想の動きなのだろう。本当に強調すべき動作でなければ、ごく軽い所作で十分だと思う。
さて幕切れではリッカルドが改心して4組のカップルができて大団円なのだが、最後のリッカルドのアリアの後でフラミーニオら数人が脱帽することから、彼は(台詞とは裏腹に)息絶えたことが伺える。幕切れのコーロは幻。そしてこの終曲で幕とはならず、エピローグ的に1曲追加され、人々が消え散る一方でリッカルドが孫娘にハンカチを渡して、墓に入って行って時が現代に戻る。しみじみとした余韻を残す幕切れに仕立てていた。
楽譜が入手できなかったこともあって、予習が十分でないまま臨んだ公演だったが、楽しみかつオペラ史の勉強になった。たいへんありがたい。

マルティーナ・フランカでの貞節の勝利の映像はまだ発売されていない。昭和百合劇場での上演告知が出たときにはYouTubeにも1986年の古い映像しかなかったのだが、8月になって2018年5月にアルゼンチン、ブエノスアイレスのコロン劇場で上演された時の映像がアップされた。演出の設定が分かりづらい(後半がおそらくモリエールのドン・ジュアンを上演する劇中劇仕立てで、前半はその舞台裏)が、予習用には十分。こちらでもコルネーリアは女装テノールだが、昭和百合劇場では下品なおばさんに仕立てていたところが、こちらでは足の細いテノールを起用してその手の店のママのようにしているのが面白い。
実はこの映像の存在に気が付いたのが公演初日の1時過ぎ(24時間制で)だった。さすがにそれから2時間半全部見るのはきついので、翌日早起きして9時くらいまでダッと見てなんとか予習できた。もっと早くに気付くべきだった。

ところで、この公演の売り出しは6月21日だったのだが、すっかり忘れて、2ヶ月も経った8月下旬になってようやくチケットを買った。当然、日曜日公演の良い席はもう全部売り切れていた…、と思ったら、ぴあに平土間前方のしかも通路脇という素晴らしく良い席が1席だけポッカリ残っていた。明らかに誰かが流してしまった席だろう。こんなこともあるものだ。ありがたくここで見させてもらった。






新国立劇場でのドニゼッティのドン・パスクワーレ、平日昼間公演
楽しめた。
代役ノリーナのハスミック・トロシャンがとても映えていた。アルメニアの首都エレバンの生まれ。彼女は2015年のROFで新聞のヒロイン、リゼッタを歌い成功(ちなみその時の相手役アルベルトはミロノフ)。それをBSで見てぜひ聞いてみたいと思っていたので、今回の交代には喜び期待していた。ちょっとキンキンするくらいの硬質の声と卓越した歌唱技術のどちらも良く、表現付けや演技はまだ若いなりだけれどまあ十分。何分日本では無名でしかも代役ということで、観客は思わぬ当りに沸いていた。また歌いに来てほしいもの。
エルネストのマキシム・ミロノフ、もう中堅のはずなのにいまだ瑞々しい声が美しい。もっともエルネストは、ミロノフの最大の武器である超絶技巧の装飾歌唱がないので、聞く方としては少し物足りない。ただエルネストは、一見難しくなさそうに見えて、高い音域に留まり続けることがしばしばで、テノールには結構厳しい役だ。ミロノフ、この日は前半やや調子が上がりきらず、特に聞かせどころの第2幕のアリアで喉が突っ張り気味になったのが惜しいが(それでも〆の変二音は上げて伸ばしていた)、その代わり第3幕の Com'è gentil から続くトロシャンとの二重唱はとても美しかった。新国立劇場の常連になってくれたのはたいへんありがたい。
マラテスタのビアージオ・ピッツーティは主要劇場への出演歴はまだ少ない中堅のバリトン。声の魅力は今一つだけれど、芸達者でことに早口の捌きっぷりが良い。
さてタイトルロールのロベルト・スカンディウッツィ、声の魅力、役作り、歌いまわし、演技の上手さは申し分ない。彼が舞台にいることで上演の舞台の軸になっていたことは間違いない。なのだが、いかんせん61歳、歌の運動性には限界があって、だいぶ腰の重いパスクワーレになってしまっていた。いや61歳でも、バッソブッフォのスペシャリストが歌えばそう問題はなかっただろう。しかしスカンティウッツィは基本はバッソプロフォンドでそれが近年さらにプオロフォンディッシモになっている。スカンデウッツィの重厚な立派さが私には違和感になってしまった。
指揮のコッラード・ロヴァーリスは私には思い出深い指揮者だ。彼は私が最初にROFに行った1998年のオテッロの指揮者だった。彼はその前年のブルスキーノ氏でROF初登場、好評を受けて翌年この主要演目を任された。
ロヴァーリスは元々チェンバロを学んでいたせいなのか、伝統的なイタリアオペラの指揮者とちょっと音楽作りの方向性が異なる。速い演奏を好み、しかもそれがサクサクしていて溜めを好まない(とはいえキリキリ締め上げる音楽ではない)。当時は棒振りも激しく、オテッロの第1幕フィナーレで指揮棒を滑らせて張り出し舞台まですっ飛ばしたのを目撃した。彼は2004年3月に藤原歌劇団のアルジェのイタリア女(アグネス・バルツァ主演)を指揮しに来ており、ちょうどその頃にオペラ・フィラデルフィアの音楽監督に就任して現在まで務めている。この経験でかなり柔軟性を身に着けた様子。このドン・パスクワーレでも、序曲などあちこちで颯爽と仕上げつつ、溜めを取りたがるトロシャンや重たくなりがちなスカンディウッツィに合わせつつ、全体をキチッと良くまとめていた。もっとも、彼はやっぱりもっと速く演奏したそうな箇所が随所にあったが。オーケストラは序盤は弾まなかったものの、第2幕の頃には温まっていた。

新制作と銘打ちつつ、ステーファノ・ヴィツィオーリの演出は、1994年、ムーティ時代のスカラ座で上演された後あちこちで上演されているド定番の舞台で、つまり借り物。でもド定番になるだけとても良くできているし、四半世紀過ぎたわりには古臭くなく、安心して楽しめた。ただ下手際での演技が多く、L席の人は見るのに苦労したかも。

今回の上演では、カットはごく僅か、あるいはノーカットだったかもしれない。楽譜を持っていくのを忘れたので直後にチェックできなかった。
ドン・パスクワーレの古い録音を引っ張り出すと、カットがバシバシ入っていて面食らう。特にカバレッタは後半を省略してしまうのが当たり前だった。そういうカットを入れまくると、音楽の奥行きがかなり浅くなってしまう。長い作品でもなし、切り詰めることなく演奏してくれて作品をたっぷり味わえた。


ドン・パスクワーレは1843年1月3日、パリのイタリア劇場(会場はサル・ヴァンタドール)で初演された。つまりオペラブッファであるが、イタリア向けの作品ではなく、あえて言えばオペラブッファの伝統の表道からちょっと外れた作品である。
ベッリーニの清教徒もそうだが、イタリアオペラであってもパリ向けに書かれた作品は、イタリアの諸劇場、特にイタリアの地方劇場向けに書かれた作品とは区別して考えないといけない。
第一に、当てられる歌手が豪華なこと。
第二に、オーケストラが充実していること。ドン・パスクワーレのオーケストレイションは伝統的オペラブッファのそれを凌駕している。
そして第三に、観客には亡命イタリア人が多数いたこと。ナポレオンが失脚しイタリアが王政復古して以降、政治的理由でパリへ亡命したイタリア人は数多い。結果、イタリア劇場には亡命イタリア人たちが集い、そこで初演される作品も彼らが観客であることが反映されていたはずである。清教徒もドン・パスクワーレも、このことを念頭において聞くと作品の違う側面が浮かび上がる。パリ向けに書かれたイタリアオペラはこの点をもっと調べる必要がある。
ドン・パスクワーレはオペラブッファの最後の傑作だとしばしば言われるが、実際にはイタリアではそれより前からオペラブッファは衰退に入っていた。19世紀半ばでも依然としてオペラブッファは量産されていたが、たとえばドニゼッティであれば、1832年に急な依頼で引き受けた愛の妙薬の後、イタリアの劇場向けにフル企画のオペラブッファは書いていない。オペラブッファの低潮はゆっくり確実に進んでいた。
パリ向けに書かれたドン・パスクワーレは、そうした衰退傾向の懐かしいオペラブッファを、新しい時代に合わせ、そして大都会パリの趣味に合わせて新たに仕立て直した作品である。この作品は亡命イタリア人たちのために作られた作品のようなもので、彼らはドン・パスクワーレを単にオペラブッファとして見たのではなく、望郷の念にかられながら見たに違いない。
第3幕半ばでエルネストがセレナーデ風に歌う

Com'è gentil la notte a mezzo april!
È azzurro il ciel, la luna è senza vel
4月半ばの夜はなんて柔らかいことか!
空は青く、月には覆い【=霞】がない

これを聞いた亡命イタリア人たちは、単に素敵な曲だなとうっとりしただけでなく、真冬のどんより曇ったパリで、故郷の柔らかく美しい春を思い出して涙したことだろう。






トリエステ・ヴェルディ劇場来日公演で、ヴェルディのラ・トラヴィアータ、上野公演、11月2日。
これは楽しみにしてた公演だった。
ヴィオレッタのマリーナ・レベカは、2007年のROFの若者公演のランスへの旅の初日にフォルヴィルを歌って大成功したのを目の当たりにした(2日目はコルテーゼ夫人だった)ので、とても思い入れがある。ちなみにこの時は、指揮が園田隆一郎、ベルフィオーレが中井亮一という、日本人には記念すべき上演だった。その後12年でレベカはグングン頭角を現し、今やウィーン国立歌劇場の一番若い世代のプリマドンナといってもよいくらいの活躍をしている。一方、この12年で私が彼女を聞けたのは、2008年にロッシーニ・オペラ・フェスティバル(秋の来日公演を含む)でのマオメット2世のアンナと、2009年のザルツブルク音楽祭でのロッシーニのモイーズとファラオンのアナイの二つの機会だけ。なので成長したレベカを聞けるこの公演は楽しみだった。
一方で、ここ数年のレベカの歌を聞けるYouTubeやアリア集のCDからは、彼女の歌声がだいぶ変わってきた様子が伺えた。バルト3国のラトヴィアのリガの出身という北方人であるレベカ、加えてドイツ語圏の劇場での活躍が増えて、そうなっていくのも無理はないな、と思っていた。

そして公演。良い点も散見されたとはいえ、私にはどうにも物足りない出来だった。レベカだけでなく、危惧した悪い予感の方に大きく振れていた。
レベカは中音域の強い響きを武器にしてヴィオレッタの感情を掘り込んでいるのは良いのだが、しかし劇的な感情表現の作り方が、声に乗せる、言い換えれば感情が歌の内側から広がって行くというよりは、外側から声を操って感情を作っているような印象で、しばしば劇的表現が取って付けたようになっている。そのため歌の表現の振幅が大きいわりには空回りしがちだ。彼女は10月26日までウィーンでヴェルディのシモン・ボッカネグラのアメーリアを歌っており(29日も予定されていたが、さすがに別の歌手に代わった)、そこから一週間で声を切り替えらなくてはならないという問題もあった。
もっとも、レベカの歌うようなヴィオレッタだってありだとは思う。演奏や舞台などが彼女の路線に沿っていれば、空回りすることなく十分説得力のあるヒロインになっていたと思う。しかしヴェルディ劇場の演奏はいかにもイタリアの地方劇場のヴェルディという趣で、方向性がだいぶ違う。両者が噛み合わない居心地の悪さは最後まで拭えなかった。レベカはかつてトリエステのヴェルディ劇場で何度か歌っているはずなだけれども、その時はどうだったのだろう。
それに輪を掛けたのが豪華な共演者。アルフレードのラモン・ヴァルガス、父ジェルモンのアルベルト・ガザーレ、二人とも言うまでもなく名声、実績、実力とも申し分のないベテラン歌手で、単独であれば悪かろうはずもない。レベカも含めて、個々の歌だけを取り上げれば素晴らしい部分は間違いなくあった。しかし上演としては、スター歌手がダッと集まって練習もそこそこに本番幕開け、という、舞台が馴染んでいない印象は否めない。アンサンブルに演技に、そこかしこに隙間風が吹いているので、深い感動に至らない。

どうも、先立つ10月28日に武蔵野市民文化会館で巡業組の公演を聞いたことがじわりと影響しているようだ。
私は基本的に演奏や上演の比較はしないように心掛けている。オペラの場合であれば、たとえ同一プロダクションであっても歌手や指揮者が違ったら別物と考えている。したがって武蔵野公演と上野公演を比較をするつもりはない。ただ、武蔵野でこの劇場の多分に日常公演的な素の姿を目の当たりにしていたことで、上野での特別に豪華な上演に潜む欠点に気付きやすくなっていたようだ。

話をレベカに戻すと、彼女は来年の7月にスカラ座でヴィオレッタを歌った後、どうやら9月のスカラ座来日公演でもそれを歌うらしい(まだ公表はされていない)。彼女はスカラ座では今年1月2月に既にヴィオレッタを歌っているのだが、検索しても評判らしいものがあまり見つからない。


ところで、ヴェルディ劇場来日公演、リンク先には上野2回含めて13公演が記載されているが、その他に10月31日に松戸の聖徳学園で学内公演(非公開)をやっているので、半月で14公演。しかも東北から近畿まで毎日のように移動しながら。こりゃ大変だ。
聖徳学園公演ではアルフレードがブラゴイ・ナコスキだったそうだ。名前に覚えがあるので検索してみたら、2009年9月の新国立劇場でのヴェルディのオテロのカッシオだった。何で覚えていたかというと、美味しい役のはずのカッシオなのに本当に冴えなかったから。10年経って大いに成長していればよいのだが。
ちなみに聖徳学園は、去年の6月のバーリ歌劇場=ペトルッツェッリ劇場の来日公演の際にはイル・トロヴァトーレを学内上演していた。まあ素晴らしい環境なこと!

最後に一言。招聘元が中規模のところは各公演のキャストを公演後ですら公表しないのが当たり前になっているが、今の時代、それは公演に対しての責任感が薄いという印象を与える。どの公演でも観客に渡すキャスト表は作っているのだから、自前サイトなりツイッターなりで 本日のキャストはご覧の通り と公表すべきだと思う。実際、武蔵野公演の時も指揮者が事前公表と異なっていたわけで、誤解したままの人だっているだろう。あの役は誰だったっけ?と思った時に確認できるようにしておかないのは、不親切という以上に失礼だと思う。






来年1月のヘンデル・フェスティバル・ジャパンがジョシュア(ヨシュア)と予告されたので、とりあえずすぐ書ける程度のこと(簡単なあらすじを含む)だけ書いてアップしておいた。こちら
公演が近づいたらもっと詳細な独立ページを作る予定。

一方、新国立劇場が2019/2020年シーズンの演目を発表、その中にエジプトのジューリオ・チェーザレが含まれていた。ともかくもめでたい。

その他にもヘンデルのオペラなどの上演の話があるけれども、もっとハッキリした情報が出るまで待とう。







これはヘンデリアンには素晴らしいニュース。とはいえ対象はもう2年も前に作られたものだけれど。

ヘンデルに忠実に従ったプリマドンナとして知られる、アンナ・マリア・ストラーダ(・デル・ポー)、1729年暮れから1737年1月までロンドンでヘンデルの様々な作品に出演した。
しかしその他の情報はだいぶ乏しく、1720/21年のカーニヴァルシーズン、ヴェネツィアでヴィヴァルディの試練の中の真実の初演でロザーネを歌ったとか、断片的なものばかり。私の知る限りどの本でも生没年は不明。出身はベルガモと推測されており、没地も同じだと書かれていることが多い。
先日、彼女について検索していたら、偶然、ストラーダについての論文のPDFファイルが見つかった。著者は ユディト・ジョヴァール Judit Zsovár。彼女はソプラノかつ音楽学者で、現在はオーストリア科学アカデミーに所属している模様。
これはリスト音楽大学の博士号論文らしく、318ページの英文。リスト音楽大学のサイトの文書庫からダウンロードできる。さらに8ページの骨子も。
生没年が分かっただけでも大きな進歩だ。1775年7月20日にナポリで亡くなっていて、教会の記録に72歳とあるので、1703年(ベルガモの)生まれと推定された。
ありがたいことに平易な英語で書かれているので、318ページ+8ページ、じっくり読んでみたい。






1965年9月、10月、NHKスラブ歌劇団が東京と大阪で公演を行い、大評判となった。ことに初来日したロヴロ・フォン・マタチッチの指揮するボリス・ゴドゥノフは、ボリス役のミロスラヴ・チャンガロヴィチの圧巻の歌と共に今だ語り草になっている。
このボリスのライヴ録音は2016年秋に ALTUS からCDになった。しかし同じ年の2月5日にNHK-FMがこのボリスを放送していたので、私はすぐにはCDを買わなかった。
CDが発売されてすぐHMVのサイトにレビューが寄せられたのだが、それを見て私はたまげてしまった。
> 「ボリスの死」で終わる
> 白痴の唄ではなくボリスの死で終る
いやいや、この時のボリスは当時から、ボリスの死で終わるのではなく、白痴の嘆きで終わることが話題になっていた。それは公演を知らない私(公演は私の生まれる前)ですら伝え知っていたほどだ。
実際、スラブ歌劇のパンフレットに掲載されている堀内敬三によるあらすじには『ひとり残った白痴は、第4幕第1場と同じく“[…]みんな泣け、ロシアの飢えた人々よ”と寂しく歌って幕になる。』と書かれている。間違いない。
ボリスは長らくリムスキー=コルサコフ編曲版で上演されていたが、彼は第4幕第1場の聖ワシーリー寺院の前の広場を採用せず、本来第3場(幕切れ)だったクロームイ郊外の森の空き地を冒頭に回し、第2場のクレムリン内の会議場、つまりボリスの死で幕切れにした。後にR-Mの弟子のイッポリトフ=イワノフが聖ワシーリー寺院の前の広場を復活させているものの、主流はR-M版のままだった。
スラブ歌劇公演では、第4幕第1場が聖ワシーリー寺院の前の広場、第2場がクレムリン内の会議場(ボリスの死)、第3場がクロームイ郊外の森の空き地 で上演された。2016年2月のFM放送もこの通り。
しかしCDを聞いたところが、そこではR-M版と同じくクロームイ郊外の森の空き地、クレムリン内の会議場(ボリスの死)、で終わり。つまり、聖ワシーリー寺院の前の広場が丸々抜けて、かつ順番が入れ替わっている。
前述の堀内敬三によるあらすじはCDのブックレットに再録されているのだが、第4幕の展開はトラックごとの場面説明と合っていない。購入者も含め、誰も不思議に思わなかったのだろうか。
CDの収録時間にはかなり余裕があるのでCD制作時に手を加えたとは思えず、つまりNHKから提供された音源の段階で削除&入替えがされていたのだろう(過去に短縮されたかたちで放送があったという)。
しかしそうであってもこのCDが不完全収録の欠陥品であることには変わりがない。堀内のあらすじを入手した時点でおかしいと気付くべきだったろう。
そんなわけでこのCDはまことに残念な製品となってしまった。FM放送を録音しておいた私はそっちで楽しめば済むが、日本オペラ史に名を残す伝説の公演が歪められた形で世に広まってしまったのは、残念では済まされないことだと思う。






今年の春に、ニューヨークフィルハーモニックの創設175周年を祝って SONY CLASSICAL から65CDのセットが発売された。タワーレコードの販売ページ
残念なことにあまり初出音源(とくにライヴ録音の)が少なく、それでいて高額。半年待ってようやくちょっと安い値段で購入できた。
棟梁のお目当ては、アルトゥール・ロジンスキーが指揮したヴァーグナーのディ・ヴァルキューレ第3幕。1945年5月15,18,22日の録音で、まず78回転盤8枚で発売された後、LP2枚でも発売(棟梁はLPの初版を持っている)。これがディ・ヴァルキューレ第3幕の初の商業録音で、既にワルターらがウィーンとベルリンで第1幕と第2幕を録音していたので、一貫性はまるでないもののこれでディ・ヴァルキューレ全曲が市販されたということになった。
演奏はかなり良い。ロジンスキの音楽は恐ろしくテンションが高く聞き応えがあるし、また1940年代にMETで活躍したヘレン・トローベルはこの頃が全盛期で、力強く朗々と歌い切るブリュンヒルデはなかなか素晴らしい。
しかし第二次世界大戦末期だったことから、このロジンスキーの指揮したディ・ヴァルキューレ第3幕の録音はあまり広まらなかった。CDは一度だけ、2001年にSONYから許可を得た RETROSPECTIVE RECORDINGS というレーベルが発売したことがあるが、SONY自らが発売したCDはこれまでなかった。
そんなわけで今回のSONYからの発売は朗報だった。

ところが、聞き出してすぐに違和感を抱いた。ヴァルキューレの騎行の冒頭、たしかにロジンスキの演奏なのだけれど、記憶にある演奏と何か違う…。
第3場になってそれはハッキリする。何箇所かギョッとするような大きなカットが入っており、演奏時間は50分強しかない(通常70分程度)。咳も聞こえるし、そして決定的なのが終演後の盛大な拍手…。
これはライヴ録音なのだ。つまり表示されているCOLUMBIA社の商業録音(当然スタジオセッション)ではない。
実はロジンスキはCOLUMBIA社への録音の半年後、1945年11月22、23、25日に、ニューヨークフィルハーモニックを指揮して、ヴァルキューレたちまでまったく同じ歌手でこの作品を上演している。うち11月25日は日曜日の午後の演奏で、この枠は1930年以来CBSによって放送されてきた。
つまり、このCDに収録されているのは、1945年5月15,18,22日の商業録音ではなく、1945年11月25日に放送されたライヴ録音なのである。カットが多いのは放送時間枠に収めるための措置だったのではないだろうか。
11月のライヴ録音は何度かCDになっており、古くはAS DISCから出ていたし、現在でもgala の GL100665、ロジンスキがフィレンツェで指揮したヴァーグナーのトリスタンとイゾルデのボーナスとして入手できる。
5月の商業録音と11月のライヴ録音は、演奏時間が10分以上も違うにもかかわらず、キャストが端役に至るまでまったく同じなのでしばしば混同されている。SONY CLASSICAL も音源を取り違えたのだろう。しかし制作者は、演奏時間が妙に短いことや拍手が含まれていることに何も疑問を抱かなかったのだろうか。
カットが多いのは困りものだが、演奏そのものはロジンスキは演奏会での方がより燃焼度が高く、歌手も演奏会の方がのびのび歌っている。図らずして貴重なライヴ録音が発掘された、蔵出し音源の掘り出し物になった。

ちなみに11月の演奏会は今からは考えられないような曲目だった。ニューヨークフィルハーモニックのデジタルアーカイヴで確認すると、全体はニーベルングの指環の抜粋で、ラインの黄金のヴァルハラ城への入場、ディ・ヴァルキューレ第3幕、休憩を挟んで、ジークフリート第2幕から森のささやき、神々の黄昏の幕切れ。つまりディ・ヴァルキューレ第3幕は前半に演奏されているのだ。普通だったらそこまででお腹いっぱいだろう。第3幕第3場だけでもよさそうなところなのに、第3幕全部上演したのは、もしかしたら半年前の録音が発売される直前に宣伝する意味もあったのだろうか。






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