リダイレクトでにいらした方、ここはオペラ(仮)御殿の旧御殿のメインメヌーです。
au one のホームページサービスが2017年10月31日で終了のため、こちらに(仮)移築しております。


旧御殿の扉のページhttp://operagoten.html.xdomain.jp/index.htm
新御殿(普請中)の扉のページhttp://operagoten.html.xdomain.jp/index.html
旧御殿のメインメヌー(ここ)http://operagoten.html.xdomain.jp/mainmenu.htm
新御殿(普請中)のメインメヌーhttp://operagoten.html.xdomain.jp/mainmenu.html

KDDIのau one netのホームページ公開代理サービスが2017年10月31日で終了したため、やむなくオペラ御殿をオペラ(仮)御殿へと移築することになりました。
2018年3月31日までは http://www.h5.dion.ne.jp/~goten/ 内のどのページからも(仮)御殿に移動するリダイレクト機能が働きます。
プロバイダの乗り換えについてはもう少し検討します。ホームページ公開サービスのあるプロバイダが見つかればそこに乗り換えるかもしれませんが、あるいはこのまま(仮)御殿をそのままにするかもしれません。
しばらくはご迷惑をおかけいたします。





公演当日になってしまったが、突貫工事でヘンデルのシアドーラのページを仮アップしておいた。
まだチェックが済んでおらず間違いがあれこれ残っていると思うが、後日修正する予定。 なお Theodora はこれまで シオドーラ とカナ表記してきたが、調べなおしたら シアドーラ の方が近かったのでオペラ御殿ではこちらの表記を採用する。th の発音はどうにもできないけれど。

シアドーラは四半世紀前にニコラス・マッギガンが指揮したCDが国内仕様で発売されたことがあり、台本の日本語訳(対訳にはなっていない)も付けられていた。ところがこの訳がどうもおかしい。読んでも意味がよく分からない箇所があちこちにあり、モレルの台本を読んだり2種のフランス語訳を読んだりするとどうも違う。他に訳がないだけに困ったものである。
今日の公演でしっかりした訳が配布されると良いのだが。





毎年1月の恒例、ヘンデル・フェスティバル・ジャパン、今回の出し物はシアドーラ (テオドーラ)
まだキリスト教を弾圧していた頃のローマ帝国の皇帝ダイオクリシャン(ディオクリティアヌス 在位284―305)時代のアンティオキア、シアドーラは迫害されながらもキリスト教徒であることを貫き処刑されることに。彼女を愛しキリスト教に改宗した青年ディディムスは、身代わりになってシアドーラの救出に成功するが、今度は彼が処刑されることになる。それを知ったシアドーラはディディムスと共にキリスト教徒として処刑されることを選ぶ。
つまり殉教もの。
シアドーラは1750年3月16日に初演されたものの、劇場はガラガラで観客にも不評、たった3回の上演という失敗に終わってしまった。しかし当時からヘンデル支持者からは高く評価されていたし、またヘンデル自身もこの作品に愛着を持っていた。ヘンデルは1755年3月5日に1回だけ再演をしており、またヘンデルが亡くなる年である1759年にも再演の計画があったが果たせなかった。
その後200年も冷遇され続けてきたのだが、20世紀末からのヘンデルブームではむしろ人気は高く度々上演があり、録音や映像も数種ある。

上演にむけてまた御殿の突貫工事をやろうと思っていたのだが、間に合うか微妙。公演にいらっしゃる方は、公演前日か当日朝に確認していただければありがたい。お約束はできないが。





1月1日からまことにめでたい報道。
北國新聞が1面で、マルク・ミンコウスキがオーケストラ・アンサンブル金沢の芸術監督に9月に就任すると報道。こうなると北陸新幹線で金沢日帰りを何度もやらないといけなくなるのか。それともOEKがちょくちょく東京公演をやってくれるようになるのか。
棟梁がミンコフスキに嵌って(もちろん当初はCDだったが)からはや20年、彼が拠点のひとつを日本に選んでくれるとは、感無量。





ロッシーニのオペラを初演からちょうど200年後に聞こう運動、12月27日はブルグントのアデライデ、1817年12月27日、ローマのアルジェンティーナ劇場で初演。 ドマイナーなオペラのわりには、CDが3種、映像が1種あるのはありがたい。この機会にぜひ。





今年の春に、ニューヨークフィルハーモニックの創設175周年を祝って SONY CLASSICAL から65CDのセットが発売された。タワーレコードの販売ページ
残念なことにあまり初出音源(とくにライヴ録音の)が少なく、それでいて高額。半年待ってようやくちょっと安い値段で購入できた。
棟梁のお目当ては、アルトゥール・ロジンスキーが指揮したヴァーグナーのディ・ヴァルキューレ第3幕。1945年5月15,18,22日の録音で、まず78回転盤8枚で発売された後、LP2枚でも発売(棟梁はLPの初版を持っている)。これがディ・ヴァルキューレ第3幕の初の商業録音で、既にワルターらがウィーンとベルリンで第1幕と第2幕を録音していたので、一貫性はまるでないもののこれでディ・ヴァルキューレ全曲が市販されたということになった。
演奏はかなり良い。ロジンスキの音楽は恐ろしくテンションが高く聞き応えがあるし、また1940年代にMETで活躍したヘレン・トローベルはこの頃が全盛期で、力強く朗々と歌い切るブリュンヒルデはなかなか素晴らしい。
しかし第二次世界大戦末期だったことから、このロジンスキーの指揮したディ・ヴァルキューレ第3幕の録音はあまり広まらなかった。CDは一度だけ、2001年にSONYから許可を得た RETROSPECTIVE RECORDINGS というレーベルが発売したことがあるが、SONY自らが発売したCDはこれまでなかった。
そんなわけで今回のSONYからの発売は朗報だった。

ところが、聞き出してすぐに違和感を抱いた。ヴァルキューレの騎行の冒頭、たしかにロジンスキの演奏なのだけれど、記憶にある演奏と何か違う…。
第3場になってそれはハッキリする。何箇所かギョッとするような大きなカットが入っており、演奏時間は50分強しかない(通常70分程度)。咳も聞こえるし、そして決定的なのが終演後の盛大な拍手…。
これはライヴ録音なのだ。つまり表示されているCOLUMBIA社の商業録音(当然スタジオセッション)ではない。
実はロジンスキはCOLUMBIA社への録音の半年後、1945年11月22、23、25日に、ニューヨークフィルハーモニックを指揮して、ヴァルキューレたちまでまったく同じ歌手でこの作品を上演している。うち11月25日は日曜日の午後の演奏で、この枠は1930年以来CBSによって放送されてきた。
つまり、このCDに収録されているのは、1945年5月15,18,22日の商業録音ではなく、1945年11月25日に放送されたライヴ録音なのである。カットが多いのは放送時間枠に収めるための措置だったのではないだろうか。
11月のライヴ録音は何度かCDになっており、古くはAS DISCから出ていたし、現在でもgala の GL100665、ロジンスキがフィレンツェで指揮したヴァーグナーのトリスタンとイゾルデのボーナスとして入手できる。
5月の商業録音と11月のライヴ録音は、演奏時間が10分以上も違うにもかかわらず、キャストが端役に至るまでまったく同じなのでしばしば混同されている。SONY CLASSICAL も音源を取り違えたのだろう。しかし制作者は、演奏時間が妙に短いことや拍手が含まれていることに何も疑問を抱かなかったのだろうか。
カットが多いのは困りものだが、演奏そのものはロジンスキは演奏会での方がより燃焼度が高く、歌手も演奏会の方がのびのび歌っている。図らずして貴重なライヴ録音が発掘された、蔵出し音源の掘り出し物になった。

ちなみに11月の演奏会は今からは考えられないような曲目だった。ニューヨークフィルハーモニックのデジタルアーカイヴで確認すると、全体はニーベルングの指環の抜粋で、ラインの黄金のヴァルハラ城への入場、ディ・ヴァルキューレ第3幕、休憩を挟んで、ジークフリート第2幕から森のささやき、神々の黄昏の幕切れ。つまりディ・ヴァルキューレ第3幕は前半に演奏されているのだ。普通だったらそこまででお腹いっぱいだろう。第3幕第3場だけでもよさそうなところなのに、第3幕全部上演したのは、もしかしたら半年前の録音が発売される直前に宣伝する意味もあったのだろうか。





武蔵野市民文化会館小ホールで、クリスチャン・ブラックショウのピアノで、モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会
会場まで遠いし、晩、晩、夕、夕の四日連続となるといつもならチケットを買う前に諦めてしまうところなのだが、こういう機会もないので無理をしてしまった。実は土日は15時開演だと直前まで勘違いしていて、数日前になって慌てた。

クリスチャン・ブラックショウは1949年、北西イングランドのチェシャーの生まれ。60代後半のピアニストだが、訳あって名前が広く知られるようになったのは十年ほど前からのことである。
ブラックショウの弾くモーツァルトは、基本的にピアノの音をよく抑えて音色を丁寧に制御した、気品高く深みのあるもの。近年では珍しい暗く詩情深いモーツァルトで、夜想的なモーツァルトと言ってもよいだろう。一方で時に思い切って激しい音楽を繰り広げたりもする。非常によく考えられた演奏なのは間違いない。
独自の世界観が出来上がっているという点で素晴らしい演奏とは言えるのだが、しかし四日も聞いていると、モーツァルトのピアノソナタってこういう音楽だっけ?という思いが強くなってきた。一言で言えばモーツァルトの才気迸る快活な音楽の愉しみがあまりにも乏しい。
今回のピアノソナタ全曲演奏会に当たって、モーツァルトの全ピアノソナタを楽譜を見ながらさらい直した。といってもCD聞きながら楽譜を眺めた程度だが、それでも楽譜が求めている(であろう)音楽をある程度頭の中に思い浮かべることはできる。
モーツァルトの時代の最初期のピアノは、現代のピアノとはほとんど別物と言ってよいほど異なる。たとえば時々モーツァルトがドスンと入れる低音にしても、彼の時代のピアノであれば思いっ切りよく鳴らしてちょうどいいのだが、現代ピアノでは轟音になってしまう。高音の華やかなきらめきも、現代ピアノでは煩いほど華美になってしまう。ピアノ協奏曲ではオーケストラもモダン楽器であればあまり気にせずガンガン弾いてしまうこともあるが、ピアノ独奏の場合は鳴り過ぎる現代のピアノでそのまま演奏すると音楽がやかましくなってしまいがちだ。
これを避けるため、現代ピアノでモーツァルトのピアノ曲を演奏する時にはかなり抑制して演奏する必要がある。ブラックショウもこの流儀なのだが、ただ彼の場合、現代ピアノを用いて弾く限りどうやってもモーツァルトが本来意図した音楽は引き出せない、という前提の上で、現代のピアノを抑えた響きを徹底的に活用してモーツァルトを演奏する方向に向かったように思われる。なのでたとえば1960、70年代あたりに流行った粒立ちとバランスを優先させたチマッとこじんまりしたモーツァルトともまただいぶ異なっている。とはいえ、現代のピアノで響きを抑制してモーツァルト演奏すれば、自由さ、伸びやかさ、開放感が著しく乏しくなってしまうのは避けられない。
ブラックショウの暗く内省的で非開放的なモーツァルト演奏に疑問を挟むことがなければ、ブラックショウのモーツァルトは素晴らしいと言えるだろう。しかしそこになじめないとかなり相性の悪い演奏になってしまうことだろう。
棟梁としては、一晩のプログラムの中にこういうモーツァルトが入っていたらとても印象に残ったろう、と思いつつ、四日間ずっとこの流儀に付き合っているとさすがにしんどくなった、というのが正直な感想だった。

さて四日間で一番良いと思ったのは、最終日の後半の晩年の2作品。ことにKV533 / KV494のうち1788年に書かれた音楽には、対位法的音楽が多用されることで古風であると同時に未来的でもある難しい音楽になっているのだが、その深みがブラックショウのノクターナルなモーツァルトとピタリと合致していて素晴らしかった。またKV576も同傾向で、ことにやはり難しいとされる終楽章が卓越していた。
ちょっとモーツァルトでない音楽も聞きたいな、と思って四日間が終わった。

ブラックショウは1990年頃に妻を癌で亡くし、子どもたちの養育を優先させて20年ほどピアニストの活動を制限したのだという。もちろんその間もピアノは弾いていたろうし、作品研究にも勤しんだろう。だが1990年頃からの20年というのはモーツァルト観が激変した時代でもある。モーツァルト像が、絶対的な天才モーツァルトから、自由を愛した時代の反逆児モーツァルトに変わっていった頃。
安易に結論付けてはいけないと思いつつも、この演奏活動の長期中断は彼のモーツァルト演奏になにかしらの影響を及ぼしているように思えてならない。

おまけ。
四日連続で聞いた人がスタンプ(!)を四日分集めると、最終日の終演後の懇親会に参加できることになっていた。私もついスタンプは揃えたけれど、疲れていたこともあって参加しなかった。





一時期たいへんに話題になった、ヘルベルト・ケーゲルがドレスデン・フィルハーモニーを指揮したアルビノーニのアダージョのCDがHMVで復活するそうな。

もういつ誰がどのようにこのCDを取り上げて話題のきっかけにしたのか思い出せないのだが、アルビノーニのアダージョというムード音楽的なバロック音楽を、ひたすら重苦しく奏でた異様な演奏という取り上げ方をしていたと思う。
これを読んだ時に、とても違和感があったことをよく覚えている。

今ではすっかり知られていることだが、この作品はアルビノーニの作品というよりは、20世紀の音楽学者レモ・ジャゾット(1910―1998)が作った音楽である。いわば捏造作品。棟梁が高校の時にこの曲を演奏した(それくらいこの曲は技術的には易しい)時にはもうそのことは知られていた。
しかしなぜジャゾットがそんな贋作をやらかしたのか、はっきりした理由はこれまで一度も目にしたことがない。金儲けのためとも思われたが、これだけ世界中で演奏されるようになったなら、実はあれは私が…、と言い出しても良さそうなものだ。
とにかくジャゾットは亡くなるまでこれはアルビノーニの曲に基づいていると言い張った。彼はこの曲を、ザクセン国立図書館の廃墟で見つけたアルビノーニの楽譜を素材として用いていると主張しているが、そう説明しながらジャゾットはその楽譜の現物を公表することはなかった。

最初にケーゲルの演奏を聞いた時から、彼がこの曲をまったくバロック音楽とはみなしておらず、20世紀半ばの擬バロック音楽として扱っていることはすぐに理解できた。ただそれでも、なぜあそこまでひたすら重苦しく演奏しているのかまでは考えが至らなかった。
それから何年も経ってから、再びアルビノーニのアダージョを、普通のムード音楽的な演奏を聞きながら、ジャゾットの説明を改めて読んでみた。

ザクセン国立図書館の廃墟で見つけたアルビノーニの楽譜

ドレスデン大空襲で壊滅したドレスデンの街を思い浮かべているところに、あの悲しげなオルガン、すすり泣くような旋律、儚げに鳴り響くヴァイオリン・ソロ…。

ジャゾットはアルビノーニ名を借りて、灰燼と化したドレスデンへの追悼の音楽を描いたのではないだろうか。目の前に広がる破壊しつくされた町。瓦礫の下では、幾多の命と、同様に華やかなドレスデンの文化が失われてしまった。もちろん楽譜も。
この曲はオルガン主導の前奏で始まり、このオルガンが曲中何度も現れる。ご存知の通りオルガンはキリスト教や教会の象徴である。これはドレスデン大空襲の被害の象徴の一つ、聖母教会を示してはいないか。ヴァイオリン独奏が荒々しい低弦で遮られるところにも、ジャゾットの意図があるように思えてならない。
慌ててケーゲルの演奏を引っ張り出して聞き直した。
ケーゲルはドレスデン近郊の生まれである。兵役に出ていたケーゲルが帰郷し、徹底的に破壊し尽くされたドレスデンを目の当たりにした衝撃は凄まじいものだったろう。
棟梁には、ケーゲルはアルビノーニのアダージョが第二次世界大戦の悲劇を描いた作品だと見抜いたように思えてならない。そしてオーケストラはまさにドレスデンのオーケストラ。彼らがこの曲を、まったくムード音楽的ではなく、ひたすら真面目に曲に込められた悲しみを引き出そうと演奏したのは当然に思われる…。

以上は棟梁の妄想に過ぎず、直感だけで根拠はまるでない。しかし、この演奏に限らず、ケーゲルがなにかエキセントリックな芸術家として扱われがちな昨今の風潮に抵抗を感じてしまう棟梁には、極めて真面目なケーゲルの人物像(そしてそれが彼の自殺へと繋がると思うのだが)とこの演奏が非常によく繋がるのである。

この演奏は YouTube でも聞ける





Bellini Goten
(pagine in preparazione)





リンク






nyanta(at)k7.dion.ne.jp

迷惑メール対策のためアドレスの直リンクは停止いたします。
(at)をアットマークに置き換えてアドレスにご使用下さい。




Copyright1999-2016 All Rights Reserved
「オペラ御殿」内の文章は、全て著作権などの対象となっており、執筆した者に帰属しています。
どのような場合であれ、許可のない引用、転載は一切お断りいたします。