オペラ御殿 メインメニューに戻る

1733




ORLANDO

HWV31
オペラ イタリア語
初演:1733年1月27日、ロンドン、ヘイマーケット国王劇場
台本:

Christophe Dumaux, Elena de la Merced, Jean Michel Fumas, Rachel Nicholls, Alain Buet
La Grande Ecurie et la Chambre du Roy
Jean-Claude Malgoire

K617 221/3

Marijana Mijanovic, Martina Jankova, Katharina Peetz, Christina Clark, Konstantin Wolff
Orchestra La Scintilla an der Oper Zürich
William Christie
Zürich, 2008
ARTHAUS MUSIK 101310(Blu-ray)

DVD ARTHAUS MUSIK 101309でも発売。

Patricia Bardon, Rosemary Joshua, Hilary Summers, Rosa Mannion, Harry van der Kamp
Les Arts Florissants
William Christie
Paris, January & March 1996
ERAT WPCS-5631/3 (0630-14636-2)

クリスティの音楽が見事。歌手もバードンを筆頭に高水準。

James Bowman, Arleen Auger, Catherine Robbin, Emma Kirkby, David Thomas Academy of Ancient Music
Christopher Hogwood
London, March 1989, July 1989 & July 1990
L'OISEAU-LYRE POCL-1146/8(Japanese domestic)

一時代前の英国系の穏やかなヘンデル。


DEBORAH

HWV 51
オラトリオ 英語
初演:1733年5月17日、ヘイマーケット国王劇場
台本:サミュエル・ハンフリーズ

Elisabeth Scholl, Natacha Ducret, Lawrence Zazzo, Ewa Wolak, Jelle S. Draijer
Barockorchester Frankfurt, Junge Kantorei
Joachim Carlos Martini
Eberbach, May 1999
NAXOS 8.554785-7

Yvonne kenny, Susan Gritton, James Bowman, Catherine Denley, Michael George
The King's Consort
Robert King
24-29 July, 2-4 August 1993
hyperion CDA66841/2


ATHALIA

HWV 52
オラトリオ 英語
初演:1733年7月10日、オックスフォード、シェルドニアン劇場
台本:サミュエル・ハンフリーズ
原作:ジャン・ラシーヌの戯曲《アタリー》(1691)

  《アタライア》(日本では《アタリア》と表記することがほとんどです)は、ヘンデルの英語のオラトリオの発展を考えるとき、非常に重要な位置にある作品です。というのも、この作品でヘンデルは英語の劇的オラトリオをある程度まで完成させたからです。
 ヘンデルが劇的オラトリオの活動を本格的に主に据えるのは《ソール》からで、その作曲は1738年8月、《アタライア》は5年も前の作品です。しかし劇的オラトリオの礎は《アタライア》の中に十分見て取れるのです。

 《アタライア》の作曲の経緯は不明な点が多くあります。しかしオックスフォード大学からの依頼で作曲されたことは疑いありません。初演は同大学のEncaenia (名誉博士号授与式)の一連の行事の目玉となっていました。当然、ヘンデルもオックスフォード大学から名誉称号を打診され、当人も受けるつもりだったようですが、結果としてヘンデルは辞退しています。受賞に対して100ポンドを払わなくてはならなくかったから、とも言われますが、定かではありません。自筆譜には1733年6月7日の完成の日付があります。

 アタリヤは旧約聖書に登場するユダの女王です(在位紀元前842-836)。彼女をめぐる歴史は、人名の混乱も伴ってかなり込み入ったもので、ここでは詳しいことは省略します。興味があれば詳しい本やサイトを御覧ください。
 アタリヤはユダの王エホラム(ヨラム)の妻で、エホラムの死後息子のアハジヤが王位を継ぎます。預言者エリシャ(エリヤの後継者)は異教を絶つため兵士エヒウにアハジャの殺害を実行させます。息子を殺されたアタリヤは、他の王族を皆殺しにしてしまい王位を簒奪します。しかしただ一人、エホアシュ(ヨアシ)だけはアハジヤの妹エホシバが密かに救出し、神殿の中で彼女の乳母とともに6年の間匿われます。7年目、彼は祭司エホヤダによって王と宣告されます。民衆の声に驚いたアタリヤは、その光景を見て憤激しますが、しかしエホヤダの命令で殺されます。さらに全てのバアルの神殿は壊され、祭司マッタンも殺害されます。

 直接の原作となったのは、これを元にした、フランスの高名な作家、ラシーヌの戯曲《アタリー》です。《アタリー》はラシーヌの最後の戯曲で、ギリシャ悲劇の手法を取り入れた作風です。
 サミュエル・ハンフリーズの台本は、このラシーヌの戯曲をかなり縮小して台本を作成しています。

あらすじ
第1部
ジョザベスと若い乙女たちが神を讃えています。彼らはユダの女王アタライアから迫害を受けているのですが、それに屈せず祝いの用意をします。武将アブナーは主が怒ったときについて語ります。祭司序アドが現れ、アタライアの信仰するバアル教がはびこる現状を嘆き、神に祈ります。一方アタライアは不吉な夢をメーサンに語ります。母が現れ、アタライアの死を予告し、抱きしめようとするとバラバラになってしまった、さらにユダヤの神官の衣装を纏った若者が彼女を剣で突き殺した、というもの。従者たちは彼女を慰め、バール神に祈りを捧げます。メーサンは歌で彼女を慰めようとしますが、アタライアの苦悩します。この様子を目撃していたアブナーは、急いでジョアドたちにアタライアが若者を探しに来ることを告げます。激しく動揺するジョザベスをアブナーは慰め、ジョアドは暴君が敗れであろうと告げ、一同の神を讃えるハレルヤとなります。
第2部
神殿では民衆が神を讃え、ジョザベスは自然を賛美しています。アブナーはジョアドに助力を約束します。そこへアタライアが現れ、夢の中で見たのと同じ少年を見つけ驚きます。自分の息子ではないと答えるジョザベスを制し、アタライアは直接ジョアスに素性を尋ねます。ジョアスは自分をエライアキムと名乗り、親も知らない、神に守られて育ったと答えます。アタライアは彼を応急に連れて行こうとしますが、ジョアスは神が冒涜される場所はいやだと断ります。ジョザベスの入れ知恵と怒ったアタライアは復讐を誓って立ち去ります。気も失わんばかりのジョザベスをジョアスは慰め、ジョアドはユダヤの神が喜びに変えてくれると励まし、民衆は神の祝福があることを信じて祈ります。
第3部
ジョアドは瞑想し、アタライアの死が近いことを予言します。ジョアドはジョアスに、ユダヤの王の中から誰を手本に選ぶか、と訪ねます。ジョアスはダヴィデと答えます。ジョアドは喜び、彼の正体を明かします。民衆は喜び王を讃えます。メーサンが現れ味方になると申し出ますが、ジョザベスは冷たくあしらいます。そしてアタライアが少年を求めて現れます。しかしジョアドはジョアスを王だと宣言、一同もそれに喜びの声をあげます。謀反だと怒るアタライア。アブナーはユダヤの勝利を告げ、メーサンは諦めています。アタライアは怒りと絶望のうちに立ち去ります。平和が訪れ、全員がユダヤの神への感謝を歌います。

 ハンフリーズの台本は、多くの人が指摘するように、ラシーヌの原作の型を取っただけで動機や結果が大きく抜け落ちているという欠陥があります。例えばアタライアの王族の虐殺については言及がないので、ジョアスの存在がぼけてしまっています。最も問題なのが、アタライアの最後を非常に曖昧にしてしまったことでしょう。旧約聖書でもラシーヌの戯曲でも、アタライアは民衆に殺されてしまうのですが、この辺は全く骨抜きになっています。
 とは言え、《エスター》のぶった切りの話に比べれば余程筋が通っています。
 一方、ハンフリーズの台本の良い所は、印象的な場面についてはほとんどラシーヌの戯曲に乗っかっただけで、恣意的な改変をしていない点だと言われます。残念ながらラシーヌの《アタリー》は現在邦訳がなく(注)、この辺詳しく比較できないのが残念です。

 「アタライア」の音楽の構成は次のようになっています。
「アタライア」の音楽設計一覧図

 作品全体で合唱が重要な役割を担っていることがすぐに分かります。レチタティーヴォを除くと33曲ある中で、8曲が合唱曲、6曲がソロと合唱の曲です。
 合唱は基本的に民衆の役割で、補助的な程度でしかないものもありますが、要所に置かれた曲ではかなり重要な働きをしています。
 最も壮麗なのが、第2部を開けるThe mighty pow'rです。ヘンデルは四声をそれぞれ2つに分割した八声の合唱にしています。中央にジョアドのソロを挟んだこの曲は大変印象的であるばかりでなく、幕切れでも後半の合唱がそのまま再現されており、《アタライア》全体の鍵となる曲となっています。
 また第1部の幕切れはHallelujahの合唱になっています。《メサイア》と違ってニ短調の苦悩の滲むハレルヤ・コーラスです。

 ジョザベスは、母親としての愛情、暴君に対峙する気丈さ、嘆き悲しむ弱さを持った、人間的な役になっています。
 もっとも感動的なのは、ジョアスの身の危険を案じて嘆くFaithful caresです。変ロ長調ながら臨時記号を使ってジワッと込み上げる悲しさが出ており、母親の胸を引き裂かれる思いが感じられます。
 冒頭のBlooming virginsは、チェロのソロとチェンバロだけで伴奏される美しい曲で、ジョザベスの慎まやかな性格が印象付けられます。
 一方、合唱と共に暴君を糾弾するTyrants would in impious throngsや、寝返ろうとするメーサンを追い払うSoothing tyrantでは彼女の気丈な一面が表れています。
 なお、おもしろいことに、彼女のアリアは全て三拍子か三分割系の拍子です。

 ジョアドには完全に単独で歌われるソロの曲はありません。唯一、第3部冒頭のアリオーゾ、What sacred horrors shake my brest!がソロですが、この曲は次の合唱Unfold, great seerを導く程度の役割しかありません。本体はその後のアタライアの死を予言する合唱付きのアリアJerusalem, thou shalt no moreで、これは合唱を合の手に挟むことで、彼の予言者として力が際立つようになっています。一方、アタライアにジョアスが王であることを明かした後の輝かしい合唱Around let acclamations ringでは、民衆の歓喜の声の合間にジョアドの歌が挟みこまれています。また第1幕の決然としたGloomy tyrantsも幕切れのハレルヤ・コーラスを導くものです。
 これ以外も、二重唱を別にすれば、ジョアドの曲は全て合唱と共に歌うもの。ジョアドが民衆を率いる人物であることがはっきりしています。そのことは第1部の登場の場面で顕著で、レチタティーヴォ・セッコ−レチタティーヴォ・アッコンパニャート−合唱付きアリアという大掛かりな構成で、民衆と共に痛切な神への訴えが描かれています。

 悪女アタライアは、この二つの役に比べるともう少しイタリアオペラの影響が強く残る役となっています。復讐のアリア、My vengeance awakes meは、ヘンデルのソプラノ向けの激しいアリアの典型ですし、第3部での怒りの歌To darkness eternalは、Da Capoのない単一構成ながら、動き回るバスに乗ったコロラトゥーラの曲が鮮やかです。  しかしアタライアの曲で最も素晴らしいのは、殺される夢を見て苦悩するSofted soundsでしょう。フラウト・トラヴェルソのうら寂しいソロのオブリガートがついて、しかも冒頭から32小節もの間バスを沈黙させ、恐ろしいほど寒々しい音楽を作り上げています。この曲もda capoのない簡単な構成ですが、引き攣ったアタライアの様子を浮かび上がらせるヘンデルの描写力が遺憾なく出た曲です。

 その他の人の曲では、苦悩するアタライアを慰めるメーサンのアリアGentil airsが、敵役の曲にはもったいないほど優美なもの。また、アブナーの3つのアリアでは第1部のWhen storms the poudが彼の忠実で剛毅な性格が良く表れています。

 《アタライア》ではさらに二重唱が効果的に用いられています。とりわけ、アタライアの激昂を目の当たりにして気が遠くなったジョアベスを慰めるジョアスとの二重唱、My spirits fallは、直前のアタライアの激しいアリアとのコントラストが聞いていて、母を懸命に慰めるジョアスの姿がいじらしいもの。これはジョアスの短いソロで終ります。これに続くのがジョアベスとジョアドの二重唱で、こちらはまずジョアドが、次いでジョアベスが、そして二人が重なって歌うもの。愛の二重唱ではなく、信仰の二重唱なのですが、心のある美しさは違いありません。

 初演のメンバーは次のような人たちでした。

AthaliaMrs. WrightSoprano
JosabethAnna Maria StradaSoprano
JoadWalter PowellCountertenor
MathanPhilip RochettiTenor
AbnerGustavus WaltzBass
JoasGoodwillTreble

 ストラーダを除くと、ロンドンでのイタリアオペラの活動の時のような超一流の歌手はいません。例えば、ジョアドを歌ったウォルター・パウエルというカウンターテナーは、この《アタライア》とその同時期の《デボラー》の再演しかヘンデルの作品には関係しない人で、あるいはオックスフォードの合唱団員だったのかもしれません。
 こうした状況も合唱に力が入る一つの要因だったのでしょうか。

 《アタライア》は、ソリストの華麗な技法が煌く華々しい作品ではなく、むしろ地味な印象の作品です。しかし、その中にはヘンデルが新しい領域に進む開拓精神が見え隠れしています。他の傑作の劇的オラトリオを知ったなら、この作品にも間違いなく充実を覚えることができると思います。


(注2)
ラシーヌの戯曲の邦訳は、《アタリー》だけでなくほとんどが入手難で、現状入手できるのは《アンドロマック》(ロッシーニの《エルミオーネ》の原作)だけだそうです。全集ものすらないというなんともひどい状況。

Geraldine McGreevy, Nuria Rial, Lawrence Zazzo, Charles Daniels, David Wilson-Johnson
Kammerorchester Basel, Vocalconsort Berlin
Paul Goodwin
November 2009, Basel
deutsche harmonia mundi 88697723172

Simone Kermes, Olga Pasichnyk, Trine Wilsberg Lund, Martin Oro, Thomas Cooley, Wolf Matthias Friedrich
Collegium Cartusianum, Kölner Kammerchor
Peter Neumann
Köln, 8-19 November 2003
MDG 332 1276-2

Sutherland, Kirkby, Bowman, Jones, Rolfe Johnaon, Thomas
The Academy of Ancient Music, Choir of New College, Oxford
Hogwood
London, May & June 1985
L'OISEAU-LYRE F70L-50409/10 (417 126-2)

エンマ・カークビーの清らかなジョザベス、ジェイムズ・ボウマンのミステリアスなジョアド、一世を風靡したボーイソプラノ、アレッド・ジョーンズの天使的なジョアス、さらにメーサンにはアンソニー・ロルフ・ジョンソンというこの上ない面々に、ホグウッドの柔らかく美しい音楽。ここまでなら1980年代のロンドンの古楽の最高水準です。しかしアタライアがジョン・サザランド…!あまりにも他との様式が離れ過ぎていてかなり違和感が残ります。確かに老いた女王のイメージではありますし、サザランドならではの魅力もあるのですが、しかし古楽系と合わせるとなると別問題。彼女の名誉にはならないでしょう。

Scholl, Schlick, Holzhausen, Reinhold, Brutscher, MacLeod
Barockorchester Frankfurt, Junge Kantorei
Martini
Eltville am Rhein, May 1996
NAXOS 8.554364/65

 時代楽器を用いた本格的な演奏ですが、歌手が全体に弱いのは否めないでしょう。アタライアのエリーザベト・ショルと、ジョザベスのバーバラ・シュリックがまずまずです。ジョアドがコントラルト、ジョアスもソプラノとどちらも女声で、その点がちょっと引っかかります。 第2部で、ジョアスが《デボラー》のIn Jehovah's awful sightを歌っています。また、Softed soundsは、フラウト・トラヴェルソが調達できなかったのか、ソロはヴァイオリンに置きかえられています。




1705 1706 1707 1708 1709
1711 1712 1713 1715 1718
1719 1720 1721 1723 1724
1725 1726 1727 1728 1729
1730 1731 1732 1733 1734
1735 1736 1737 1738 1739
1740 1741 1742 1743 1744
1745 1746 1747 1748 1749
1750 1751 1752 1757
Appendix 1 Appendix 2 Appendix 3


ヘンデル御殿のホームページに戻る

オペラ御殿 メインメニューに戻る