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1813-3



L'ITALIANA IN ALGERI

初演:1813年5月22日、ヴェネツィア、サンベネデット劇場
台本:アンジェロ・アネッリの台本を第三者(ガエターノ・ロッシ?)が改編
原作:アネッリの台本は本来ルイージ・モスカの同名のオペラ(1808年、ミラノ、スカラ座)のために作成されたもの。

 この作品から受ける印象は、音楽の目利きがまさしくオペラ・ブッファに期待するものだ。強烈きわまる印象を受けるのだから傑作である。[…]誰もかも腹をかかえて笑いころげながら叫んだ。「すごい!完璧だ!」
(スタンダール<ロッシーニ伝> 山辺雅彦訳 みすず書房 60p。以下引用はすべて同書から)


 スタンダールが《タンクレーディ》と並んで最も愛した作品が《アルジェのイタリア女》でした。実際この作品はロッシーニの数あるブッファの中でも、スピードに満ちたストレートな笑いという点では随一です。

《アルジェのイタリア女》の作曲経緯

   1813年4月19日、ヴェネツィアのサンベネデット劇場の春のシーズンが、《試金石》(これがヴェネツィア初演)で始まりました。しかしこれはミラノでの熱狂と正反対に冷淡な反応で、数回の上演で打ち切られてしまいました。
 その一方で、サンベネデット劇場で予定していた春のシーズンの目玉、カルロ・コッチャ作曲の新作(4月10日の新聞記事に予告が出ていました)が流れてしまいました。窮地に追い込まれた興行主のジョヴァンニ・ガッロは急遽代りとなる新作をロッシーニに依頼したのです。この辺の事情は現在でもあまり良くはわかっておらず、いつロッシーニが依頼を受けたのか、いつ頃作曲に取組んだのかは全く分かっていません。ただ、台本が既存のものを流用していることから、日程にあまり余裕がなかったことだけははっきりしており、おそらく4月も末になってから具体化したのだと思われます。つまり、制作にかかった時間は一ヶ月ないしはそれを切る程度だったというわけです。

モスカの《アルジェのイタリア女》からロッシーニの《アルジェのイタリア女》へ

   ロッシーニが使用したアンジェロ・アネッロの台本は、本来ルイージ・モスカの同名のオペラのためのものでした。モスカのオペラは1808年8月16日にミラノのスカラ座で初演され、35回というかなりの数の上演をみました。しかし1813年までには上演も途絶えてしまっていました。アネッリの台本に着眼したのがロッシーニなのか他の人なのかは分かっていません。

 モスカのオペラの台本とロッシーニの台本は、当然のことながら基本的には同じものです。しかし、ロッシーニは自分が作曲するにあたって、いくつかの改編を施しています。細かい言葉の変更を別にすると、次のような相違がみられます。

a.削除されたもの
第1幕のタッデーオの登場のアリアとつづくレチタティーヴォ。
第1幕のリンドーロの2つ目のアリア。
第2幕のイザベッラとリンドーロの二重唱。レチタティーヴォ・セッコだけになっている。

b.歌詞が全面的に新たなものに差替えられたもの
第1幕導入のムスタファの登場の場面。
第1幕のムスタファのアリア。

c.歌詞の一部が変更されたもの
第1幕のイザベッラのアリア。後半部分が大幅に増やされている。
第1幕フィナーレ。本来のストレッタの歌詞はそのままに、さらに新たなストレッタの歌詞を追加している。
第2幕のコーヒーの場面、六重唱だったものからズールマを削除し、さらに後半を大幅に改編。

d.新たに追加されたもの。
第2幕のリンドーロのアリア。
第2幕でのイザベッラの“化粧のアリア”。

 ムスタファに関する二つの差替えは、当然ムスタファの性格を若干変えています。ことにアリアは、モスカの作品にあった傲慢さがロッシーニの作品では後退し、女にうつつを抜かす間抜けさが強められています。
 タッデーオの二つのアリアのうち一つが削除されたのは、ロッシーニがこの役を余り重要視していなかった結果でしょう。このカヴァティーナによると、イザベッラたちが乗っていた船は海賊に襲撃されたのではなく、嵐で難破しタッデーオはイザベッラと離れ離れになり、彼は海岸に打ち上げられた、となっています。
 イザベッラとリンドーロの二重唱が削除された理由はあまり良くはわかりません。あるいは削除されたリンドーロの第1幕での二つ目のカヴァティーナ(ムスタファにイタリア行きを命じられたエルヴィーラを慰める内容)の代わりに別の新たなアリアを挿入する必要があり、その場所を確保するためだったのかもしれません。いずれにしてもこの軽い愛の二重唱は、内容的になくても差し支えない程度のものです。
 第1幕フィナーレのストレッタの部分は、モスカのストレッタで使われていた歌詞はそのままで、その後にディンディン、タクタクといった擬音語を用いた歌詞を追加、これは実にロッシーニ向きで大きな効果を上げています。
 新たにこさえられたイザベッラの“化粧のアリア”は、男たちを絡めて事実上の四重唱にすることで、魅惑的なイザベッラの性格を見事にひきたてているものです。
 歌詞の変更などは、ガエターノ・ロッシが行ったと推測されています。

あらすじ

  (準備中)

音楽

   《アルジェのイタリア女》の音楽の構成は次のようになっています。

《アルジェのイタリア女》の音楽設計一覧図

 アリアは、イザベッラに3つ、リンドーロに2つ、ムスタファ、タッデーオ、アリーにそれぞれ1つ、二重唱が2つ、三重唱が1つ。どれも傑作なので、一つ一つの曲の説明がどうしても長くなってしまいます。アリアとアンサンブルに分けて説明していきます。

 イザベッラのアリアは3つともどれもそれぞれに傑作です。
 第1幕の登場のカヴァティーナは、アッレーグロの合唱の導入からしてワクワクと期待を持たさせられます。アリアは緩−急の二部でできています。アンダンテのCruda sorte!は、曲想こそ簡単なものの、随所に華やかな装飾が挟まれており、プリマドンナの登場にふさわしいもの。中間部でアッレーグロに転ずると、後半は、弦のピッツィカートが八分音符で連なる溌剌とした音楽。ここには若い女性のピチピチした色気もあれば、美しい女性の悩ましい艶もある、男に求愛される女性のずる賢さも覗いているといった具合。速いテンポを処理する技術だけでなく、フェロモンを振りまくような色香をも求められこのアリアの最後近くの2小節(129、130小節)は、自筆筆は鉛筆でバッテンが引かれていますが、筆者譜や印刷譜によって扱いがまちまちだそうです。クリティカルエディションでは含められていますが、ほとんどの場合この2小節はカットして歌われています。なお、現在普通に聴けるこのアリアは、1814年のミラノでの上演の際に改訂されたもので、初演時のものは、基本は同じですが、歌のラインやオーケストレーションがことなっています。
 第2幕の“化粧のアリア”は、リンドーロ、タッデーオ、ムスタファが加わっているので事実上四重唱になっています。このアリアはA-B-A'-B'のつくりになっています。Aの部分はアンダンテ・グラツィオーゾの優美なもの。美の女神にもっと美しくしてくださいと祈るコケティッシュなもの。それがBの部分では、その様子を覗き見して彼女にメロメロになっているいるムスタファをこっそり笑う独白。テンポがアッレーグロに上がり、陰でこっそり笑う顔がそのまま音楽になっています。最後に男どもがちょっとだけ参加。中間部を挟んでAの音楽が戻りますが短く切り上げられ、Bの部分が拡大された形で戻ります。ここでは男三人が常に挟まっていて、三人とも彼女に入れあげてしまっていることが分かります。なお、このアリアも、現在で一般的に聞けるのは1814年のミラノ改訂稿のもので、初演時にはソロはフルートではなくチェロでした。
 第2幕の大アリア Pensa alla Patria はプリマドンナのための最大の見せ場。合唱−レチタティーヴォ・アッコンパニャート−ロンドという作りで、ロンドはさらにアンダンテ−アッレーグロになっています。アンダンテの部分も前半は導入的役割、Vedi per tutta Italia で歌らしくなります。この部分は三連譜に乗っかりながら情感豊かに歌い上げ、合間に豊かな装飾が加えられています。テンポがアッレーグロに上がってからしばらく経過的な部分(と言い切ってしまうにはもったいない良い音楽です)となり、いよいよ本体というべき Qual piacer! になります。冒頭の旋律を変形して装飾を増しながら発展していきます。4/4の八分音符の弦の刻みの上に休みなくコロラトゥーラがちりばめられたもので、脱出の目処が立ったイザベッラの喜びと自信がに満ちています。このアリアは当時《アルジェのイタリア女》の中で最も人気のあった曲でした。それは音楽的魅力はもちろんですが、加えてイタリア人の祖国愛を巧みにつく歌詞も大きな理由となっています。長い間分断国家だったイタリアでは、ナポレオン時代に革命精神が伝わって以降、徐々に統一へとつながる祖国愛が増大していきます。このアリアもそうした時代精神が反映されている訳です。ただしこの歌詞は既にモスカのオペラの段階であったものですので、ロッシーニがそれに音楽を付けたのはたまたまとも言えます。ロッシーニが歌詞の意味をよく理解していたことは、アリアの前の合唱にフランスのラ・マルセイエーズの一節が巧みに混ぜ込まれている(ヴァイオリンとフルート)ことからも理解できます(ロッシーニの父は熱烈な共和国主義者でした)。ただ、ロッシーニは Qual piacer! の4行の歌詞のうち、祖国愛に関する2行はさっさと片付け、あとは延々と「私の恋人の危機に愛の神が勇気を与えてくれた」という2行を繰り返しており、アリアとしてはあくまで愛国心の鼓舞は“味付け”に留まっていることは気をつけておく必要があるでしょう。ともかく、このアリアが当時とりわけ人気を博したことは間違いありません。

 リンドーロの第1幕のアリア Languir per una bella は、ロッシーニのテノールのためのアリアの中でも極めて優れたものの一つですが、同時にもっとも音域的にきつい曲の一つでもあります。前半はホルン・ソロの美しい前奏で導かれます。この旋律を受け継いで Languir per una bella になります。リンドーロの深い嘆きが一貫して高い音域で綴られていて、頻出するAやBbを押さずに柔らかい音で歌う技術が要されます。アッレーグロに変わり、経過部を経て Contenta quest'alma になります。こちらは速いテンポでスパッスパッと高い音を出すことが要求され、さらにかなり難易度の高いコロラトゥーラ部分があります。しかもコーダに入る前には情熱的に高いC音まで上昇する箇所があり(昔はこの部分はほとんどいつも省略されていました)、非常に大変な歌です。アリアで高いC音は計5回あります。
 第2幕の Oh come il cor di giubilo は、ロッシーニではなく第三者のの手によるものだろうと推測されています。たしかにリンドーロの喜びはシンプル過ぎるほどシンプルで、コロラトゥーラは入っているものの、展開が淡白なのであまり聞き応えがありません。ロッシーニはこのアリアを1814年のミラノでの上演の際に Concedi, amor pietoso に差替えています。この方がずっと充実したアリアなのですが 、はるかに難しいので、ただでさえ一つ難しいアリアあがるリンドーロ役が二つも大変なアリアを歌うことはまずありません。

 ムスタファの唯一のアリア Già d'insolito ardore nel petto はあまりインパクトがありません。原台本から歌詞を全部差替えて性格をコミカルな方へと移しているのですから、あえて軽いタッチのものにしたのでしょう。伴奏が常にせわしなく動いており、美女が見つかったと聞いてムラムラとしているムスタファの緩んだ顔が強調されています。

 タッデーオの唯一のアリアは実に素晴らしいもの。まず合唱とレチタティーヴォがおかれて、やおらカイマカンなどというわけの分からない位につけられたタッデーオの困惑が描かれています。アリアは、ヴァイオリンのチマチマっとした音形が小心者タッデーオのおどおどした心境を引き出しています。歌は大半八分音符が連なるブッフォのぼやきですが、「ああ!タッデーオ、これはなんて分かれ目なんだ!」というところで、《湖の女》などでも用いられている印象的な悩みの音形が使われています(こういうシリアスさをちょろっと混ぜているのところが上手い)。「カイマカンを受けます」という箇所はかなり無理をして喜んでいるようなぎこちない上昇音形で歌われています。あとはまた八分音符の早口になり、合唱と掛け合いながらやけっぱちに駆け抜けます。

 アリーのアリアは第三者の手によるものだと判明しています。ロッシーニの才気はじける音楽とはだいぶ隔たりがあります。ただ、こうした助手の作ったアリア・ディ・ソルベートにしてはわりと良い曲でしょう(ちょっとだけパパゲーノのアリアを思わせます)。

 多彩なアリアに負けず劣らず重唱がどれも傑作ぞろいです。物語の進行に沿って順番通りに見ていきましょう

 第1幕の導入は、穏やかな曲想で始まりますが、ムスタファの到着が告げられるとやおらオタオタした音楽になります。ムスタファの登場はかなりのコロラトゥーラが要求されるもので、大変印象的です。エルヴィーラが恐る恐る声をかけると、くさびスタッカートの付いた四分音符の強いリズムの音楽に代わり、歯切れの良いアンサンブルとなります。導入でここまで見事な音楽を作ってしまうとは!

 リンドーロとムスタファの二重唱 Se inclinassi a prender moglie は、みっちり並んだ十六分音符に言葉がぎっしり詰まっていて、舌を噛みそうな早口がものすごいスピード感を生んでいます(試しにリズムだけで言葉を入れてもまず上手く言えません)。リンドーロは早口をこなしつつ高いB音も何度も出さねばならず大変ですし、バスもモタついていては曲が生きません。

 イザベッラとタッデーオの二重唱は、<ロッシーニ伝>でスタンダールが絶賛した大傑作です。アッレーグロでの Ai capricci della sorte の言葉につけられた弾む旋律、合いの手の打つ弦のピッツィカート、たったこれだけのシンプルな音楽なのに、無条件にウキウキしてしまい耳に焼きついてしまいます。いったん喧嘩別れになりそうになった二人ですが、囚われの身という状況から考えを変え始めます。ここでの二人の心理の転換を、ロッシーニは6小節のヴァイオリンの単旋律(臨時記号でト長調から変ロ長調に推移します)だけでこれ以上なく明確に描ききっています。アッレーグロ・ヴィヴァーチェは陽気な二重唱で始まりますが、不安なタッデーオはぼやいてばかり。それに対してイザベッラが言う「なるようになる sarà quel che sarà」につけられた楽しく飛び跳ねる音楽も最高です。曲全体、本当に天才の技としか言いようがない絶品です!

 第1幕フィナーレは大きく6つの部分からできています。アッレーグロのムスタファを讃える合唱のあと、イザベッラがムスタファの前に引き出されると、合唱がソットヴォーチェで「なんと類稀な美女」と溜息のように歌うのですが、その直後、アンダンティーノに変わって、イザベッラはムスタファの顔を見て「なんて顔つき」と噴出してしまいます。この落差!一方のムスタファはイザベッラの美しさにニタツイてしまっています。譜面では十六分音符4つの特徴的な音形に全て>の強調記号が入って、お互いに笑いが出てしまう様子を描いています。イザベッラが救いを求める部分は、スタンダールの言葉を借りると「媚態(コケットリー)の傑作である」。アッレーグロになってタッデーオが逃げてきます。ロッシーニはタッデーオをただのブッフォにせず、適度に哀れさ、情けなさを強めています。アンダンティーノになり、イザベッラとリンドーロは思いがけず再会します。この部分、混乱 confusi やぎょっとして stupidi といった言葉が同じ音形で少しずつ表情を変えながら各パートに受け継がれていきます。アンサンブルが終始するかと思いきや、タッデーオの「ムスタファはなんてひどい顔をしているんだ」の一言が入って効いています。アッレーグロの経過区を経て、アッレグロ・ヴィヴァーチェの驚くべきストレッタとなります。これこそ《アルジェのイタリア女》の中でも最もハチャメチャな箇所。ロッシーニは原台本のストレッタ部分を始めのほうで片付けてしまい、頭の中がディンディン、タクタクといった意味のない歌詞を新たに付け加え、嵐のような混乱の音楽を作っています。この猛烈なスピード感はまさしく天才的!スタンダールは「ヴェネツィアでは、このフィナーレが[…]終わると、観客は息もつけずに涙をぬぐっていた」と述べていますが、現代だって見事に歌われたら大笑いできる大傑作です。

 第2幕の五重唱は、アリアが3つ続いた第2幕の前半を一旦締めくくるアンサンブルの役目をしています。大きく三つの部分からできています。アンダンティーノではムスタファがくしゃみをする場面が実に滑稽です。アッレーグロでエルヴィーラが連れてこられ、アッレーグロ・モルトでムスタファの怒りが爆発します。ムスタファがコロラトゥーラでまくし立てる以外は一貫してスピードのあるアンサンブルです。

 第2幕の三重唱 Pappataci! che mai sento! は、男声三人による大傑作です。前半のモデラートでの訳も分からず喜ぶムスタファともっともらしく説明するリンドーロとタッデーオの説明も愉快ですが、それ以上にアッレーグロにテンポが上がってからの無邪気なまでのはしゃぎっぷり!

 第2幕フィナーレはとにかく“パッパターチ”のバカバカしさに尽きます。まずインチキ入会の儀式の開始が3/4のウキウキした音楽で告げられます。リンドーロとタッデーオが笑いを噛み殺す様子が愉快です。モデラート 4/4になり、イザベッラが儀式を執り行います。ここでは宣誓の部分が傑作。タッデーオが規律を読み上げ、ムスタファがそれを繰り返します。歌は単音の八分音符で棒読みされるだけですが、伴奏にバカにするような昇降音形が繰り返されています。タッデーオとムスタファの二人に上のG音が出てくるのでバスには大変です。次に音楽はアッレーグロ 6/8の、凪の海を思わせる気持ちよい音楽に変わり、イタリア人たちは出航の支度をします。やっとリンドーロの正体を知ったタッデーオの哀れっぽさがまたいい味です。4/4になりエルヴィーラたちが入ってきますが、ご機嫌のムスタファはまだパッパターチ気分。やっと事情が飲み込めると、ムスタファが怒ったときにしばしば現れた弦の上昇音形が出てきますが、もはや狼狽振りばかりがめだって。ついにムスタファもイタリア女はコリゴリとエルヴィーラに泣きつきます。最後は6/8に戻って明るい音楽で幕となります。

 最後に忘れてはいけない、陽気な序曲。時間がなかったにもかかわらずこの作品はオリジナルで、後に転用もされていません。トルコ風の音楽という特性だったからでしょう。主部である4/4 アッレーグロの音楽は、あらゆるロッシーニの序曲の中でも抜群のスピード感で、単独でも頻繁に取り上げられる名曲です。

初演

 《アルジェのイタリア女》の初演は、1813年5月22日、ヴェネツィアのサン・ベネデット劇場で行われました。  初演の出演者は以下のような人たちでした。

MustafàFilippo Gallibasso
ElviraLuttgard Annibaldisoprano
ZulmaAnnunziata Berni Chellisoprano
HalyGiuseppe Spiritobasso
LindoroSerafino Gentilitenore
IsabellaMaria Marcolinicontralto
TaddeoPaolo Rosichbasso

 マリア・マルコリーニ(1780頃-?)は北イタリアでは当時一番人気のコントラルト。1811年の秋にボローニャで上演されたパヴェージの《マルカントーニオ氏》で、マエストロ・アル・チェンバロだったロッシーニと出会い、これが縁で10月の《ひどい誤解》のエルネスティーナが彼女のために書かれました。ロッシーニのヒロインでマルコリーニが創唱した役は他に《チーロ・イン・バビローニャ》のチーロ、《試金石》のクラリーチェ、《シジスモンド》のシジスモンドがあります。スタンダールはロッシーニが彼女の愛人であったと明言しています。
 フィリッポ・ガッリ(1783-1853)は、イタリア時代のロッシーニと多くの協力関係があった名バス。1800年にデビューしたときはテノールでしたが、1811年にバスで再ビュー。ロッシーニの《幸福な間違い》のバトーネを創唱した頃はまだあまり目立った存在ではなかったようですが、《試金石》のアスドルバーレ伯爵、《アルジェのイタリア女》のムスタファ、《イタリアのトルコ人》のセリムの頃には堂々とした歌に豊かな装飾歌唱の技術を身につけていたことが分かります。さらに《トルヴァルドとドルリスカ》のオルドゥオ公爵、《泥棒カササギ》のフェルナンド、《マオメット2世》のマオメット、《セミラーミデ》のアッスールといった役を創唱しています。もちろんこれ以外にもロッシーニのバス役を、イタリアのみならずパリなどのヨーロッパの各都市で歌っています。ドニゼッティの《アンナ・ボレーナ》のエンリーコも彼のために書かれたもの。
 セラフィーノ・ジェンティーリは、1810年代を中心に活躍したテノール。ロッシーニの初演と関わるのはこの《アルジェのイタリア女》だけです。リンドーロの音域から、ファルセットーネにしろとにかく高い音域を自在に操れる歌手であったことが分かります。
 パオロ・ロジク(1780頃-?)は、《ひどい誤解》のブラリッキーノと、この《アルジェのイタリア女》のタッデーオでロッシーニのオペラの初演と関わっています。ロジクはもう一つ、ロッシーニとは直接関係ありませんが、1816年11月にフィレンツェのペルゴラ劇場での《セビリアの理髪師》でバルトロを歌ったとき、オリジナルの A un dottor della mia sorte の代りに、ガエターノ・ガスパッリの詩、ピエトロ・ロマーニの作曲の Manca un foglio というアリアに差替えて歌っています。この Manca un foglio は歌いやすい簡単な曲だったこともあって、長いことオリジナルよりも優勢でした。

 ロッシーニの爆発的エネルギーの音楽と強力なキャストによって、初演は大成功を収めました。マルコリーニが不調になりいったん休演となった後、5月29日から公演は再開され、毎日のように上演があり、シーズン中(6月30日までありましたが、6月26日になって当初の予定のカルロ・コッチャの新作がようやく初演されています)、少なくとも30公演が行われたと考えられています。しかも、後述するように、《アルジェのイタリア女》はメンバーもそのままに夏のツアーに組み込まれ、さらに上演が続けられることになります。
 初演の大成功を受けて、《アルジェのイタリア女》はあっという間に各都市で上演される人気作となりました。その熱狂振りがどれほどのものだったか、一例を見てみますと、ミラノでは、後述するように、国王劇場で1814年4月12日に初演された後、翌1815年8月9日にスカラ座で上演されています。この時はマルコリーニ、ガッリ、ジェンティーリというオリジナルキャストに加え、タッデーオがルイージ・パチーニという強力なものでした。そしてこの時は49回もの続演がありました。《アルジェのイタリア女》がいかに熱狂的に歓迎されたかを物語る数字です。


関連項目

《アルジェのイタリア女》 1813年7月、ヴィチェンツァ、エレテーニョ劇場
《アルジェのイタリア女》 1814年4月、ミラノ、国王劇場
《アルジェのイタリア女》 1815年10月 ナポリ、フィオレンティーニ劇場


参考資料

Gioachino Rossini: L'Italiana in Algeri Edizione critica a cura di Azio Corghi, Ricordi
Eduardo Rescigno: Dizionario Rossiniano, Biblioteca Unicersale Rizzoli, 2002
Philip Gossett: Songs of Love and Glory / Booklet for the Concert "DI TANTI PALPITI" Rossini Opera Festival 1993
スタンダール: ロッシーニ伝 山辺雅彦訳 みすず書房
水谷彰良: ロッシーニ全作品事典(10) アルジェのイタリア女 ROSSINIANA 日本ロッシーニ協会紀要第15号

Marianna Pizzolato, Marco Vinco, Maxim Mironov, Bruno de Simone, Barbara Bargnesi, José Maria Lo Monaco, Alex Esposito
Orchestra del Teatro Comunale di Bologna, Coro da Camera di Praga
Donato Renzetti
Dario Fo
Pesaro, August 2006
DYNAMIC DVD33526 (DVD NTSC)




DYNAMIC CDS526

第2幕のリンドーロのアリアは、1814年4月のミラノ上演の時に差替えられた Concedi, amor pietoso を歌っています。

Christianne Stotijn, Marco Vinco, Maxim Mironov, Giorgio Caoduro, Elisaveta Martirosyan, Sabina Willeit, Ruben Drole
Mahler Chamber Orchestra, Arnold Schönberg Choir
Riccardo Frizza
Toni Servillo
Aix-en Provence, July 2006
Bel Air Classiques BAC025

Jennifer Larmore, John Del Carlo, Raúl Gimenez, Darina Takova, Laura Polverelli, Carlos Chausson, Alessandro Corbelli
Chœur de Grand Théâtre de Genèe, Orchestra de Chambre de Lausanne
Jesús López Cobos
Lausanne, July 1997
TELDEC 0690-17130-2

イザベッラの登場のカヴァティーナ(N.4)の2小節はカットされていますが、その他はレチタティーヴォまで含めて完全全曲録音。
ラーモア、ヒメネス、コルベッリは安心して聞けます。デル・カルロはやや力不足。
ロペス=コボスの指揮は溌剌とした愉悦に不足しています。

Agnes Baltsa, Ruggiero Raimondi, Frank Lopardo, Enzo Dara, Patrizia Pace, Anna Gonda, Alessandro Corbelli
Wiener Philharmoniker, Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Claudio Abbado
Wien, September & October 1987
Deutsche Grammophon F00G 20447/8 (Japanese domestic)

 レチタティーヴォ・セッコにカット多数。イザベッラの登場のカヴァティーナの2小節はカット。
 アッバードの生き生きした指揮が生きており、ことに第1幕フィナーレのストレッタのスピード感は見事。オーケストラの巧さも特筆。
 歌手は、昨今のロッシーニ歌手と比べると技術的にアバウトなところが目立ちますが、それでもバルツァ、ライモンディ、ロパード、ダーラと、いずれも立派。

Marilyn Horne, Paolo Montarsolo, Douglas Ahlstedt, Allen Monk, Myra Merritt, Diane Kesling, Spiro Malas
Metropolitan Opera Orchestra and Chorus
James Levine
Jean-Pierre Ponnelle
New York, January 1986
Deutsche Grammophon 0734261 (DVD NTSC)

Marilyn Horn, Samuel Ramey, Ernesto Palacio, Domenico Trimarchi, Kathleen Battle, Clara Foti, Nicola Zaccaria
I Solisti Veneti, Coro Filarmonico di Praga
Claudio Scimone
Treviso, June 1980
ERATO 2292-45404-2

レチタティーヴォにカット多数。イザベッラの登場のカヴァティーナ(N.4)の2小節はカット。加えてムスタファのアリアの終わり近くに2小節(92、93小節)の非常に不可解なカットがあります。
若いレイミーが立派。ホーンは、いつもながら豪快な歌っぷり。ただ、テンポ変動が恣意的な部分が見られるのが残念(Pensa alla patria の Caro, ti parli in petto や、Qual piacer の辺り)。パラシオ、トリマルキは今一つ。バトルが控えめにエルヴィーラを歌っています。
シモーネの指揮はちょっと癖のあるもの。トルコ風の打楽器を採用しており、序曲などで活用しています。

Lucia Valentini Terrani, Wladimiro Gazarolli, Francisco Araiza, Enzo Dara, Jeanne Marie Bima, Lucia Rizzi, Alessandro Corbelli
Capella Coloniensis, M&aunl;nnerchor des WDR
Gabriele Ferro
Köln, August 1979
SONY CLASSICAL S2K 39048

 レチタティーヴォまでカットなしの上、イザベッラの登場のカヴァティーナ(N.4)のコーダ近くの2小節まで演奏されている唯一の「超完全全曲録音」。
 アライサとコルベッリは上々。ヴァレンティーニ=テラーニは、今となってはあまり冴えません。ガンツァロッリは技術、スタイルとも問題が多すぎます。ダーラは悪くないものの、この頃はまだ高いG音が出せていません。
 オーケストラは時代楽器を使用。指揮ともども、今一つ特徴がありません。

参考ディスク

Agata Bienkowska, Wojciech Adalbert Gierlach, Donat Havar, Christian Senn Vasquez, Asa Fanney Gestsdottir, Anna Markovska, Florian Mock
Czech Chamber Soloists Bruno, Chamber Choir Ars Brunensis
Brad Cohen
Wildbad, July 2003
BONGIOVANNI GB 2275/76-2

ルイージ・モスカの《アルジェのイタリア女》の初のCDです。2003年のヴィルトバート音楽祭での収録。ロッシーニの《アルジェのイタリア女》を知るためには必需のものです。
ロッシーニと比べると随分大人しい音楽に聞こえてしまうのは仕方ないでしょうが、これはこれで良くできた作品です。大半はロッシーニとはまるで違った楽想ですが、わずかながら非常に似た音楽があるように思えたのは気のせいでしょうか。
歌手は若手中心ですが、比較の対象としてだけでなく、19世紀初頭のイタリアオペラを楽しめるに十分な出来映えとなっています。


L'ITALIANA IN ALGERI
Vicenza, Teatro Eretenio, luglio 1813

初演:1813年7月、ヴィチェンツァ、エレテーニョ劇場

 ヴェネツィアで大当たりをとった《アルジェのイタリア女》は、6月30日にシーズンが終了すると、今度は夏のツアーに組みこまれました。マルコリーニをはじめとする一座はそのままに、ヴェネツィアから西北西に60kmほど離れたヴィチェンツァで上演を行いました。このツアーはさらにトレヴィーゾに向かっています。

 このヴィチェンツァでの再演ではほとんどヴェネツィアの上演と変わっていませんが、一箇所だけ、N.4のイザベッラのカヴァティーナ Cruda sorte が、全く歌詞の違う Cimentando i venti e l'onde に差替えられました。ただしこれは既にヴェネツィアでの続演中に差替えられていたかもしれません。

 この曲は歌詞も曲想もオリジナルの Cruda sorte とは随分異なります。まずほの暗いレチタティーヴォ・アッコンパニャート Cess'ò alfin la tempesta が置かれています。アリアは緩−急の二部からなっていますが、さらにマエストーゾの前奏的な部分があるので、緩−緩−急のような印象を受けます。そのマエストーゾの部分 Cimentando i venti e l'onde はホ長調 4/4。ここは歌手の装飾技法を見せつけるのが主のようで、旋律らしいものが現れつつも発展しません。ト長調 アレグレット 3/8の Lo troverò me'l dice il cor に変わってアリアらしくなります。リンドーロに合いたいという切ない気持ちが、三拍子がさらに三連譜で分割された伴奏にのって歌われます。ホ長調 4/4 アッレーグロに転じ、経過的な部分を経て、A quel sì tenero dolce momento d'amor では付点リズムの勇ましい音楽になり、リンドーロとの再会を夢見ます。装飾のたっぷり入ったものですが、華やかというよりは颯爽としたという感じです。
 全体として、情熱的なアリアであって、Cruda sorte の持っているカラッとした明るく陽気なブッフォのアリアとは相当性格が異なります。どことなく《タンクレーディ》の Tu che accendi...Di tanti palpiti を思い起こさせる、セリアっぽいアリアなのです。
 実は Cruda sorte はヴェネツィアでの上演の時からあまり評判ではなく、イザベッラ役のマルコリーニに余りあっていなかったのだと推測されています。そのため彼女に新しいアリアを作ったというわけです。男装役を得意としたマルコリーニであれば、たしかに Cimentando i venti e l'onde の方が合っていたのでしょう。しかし登場の場面がこのアリアだと、イザベッラのコケットリーな魅力が後退し、随分と悲劇のヒロイン的な深刻さを帯びた印象になってしまいます。
 ロッシーニもこのアリアはあくまで彼女のための特別措置とみなしていたようで、翌年ミラノで上演される時には Cruda sorte を手直しして戻しています(これが現在聞ける形)。

関連項目

《アルジェのイタリア女》
《アルジェのイタリア女》 1814年4月、ミラノ、国王劇場
《アルジェのイタリア女》 1815年10月 ナポリ、フィオレンティーニ劇場

Bernadette Manca di Nissa
Stuttgart SWR Radio-Symphony Orchestra
Maurizio Benini
Pesaro, August 1993
RICORDI OPERA RFCD 2022

ペーザロのロッシーニフェスティヴァルで行われた、ロッシーニの珍しいアリアなどを集めた"DI TANTI PALPITI"というコンサートのライヴ。マンカ・ディ・ニッサも男装役を得意とする人なので、マルコリーニはこんな感じだったのかもしれません。


TANCREDI
Milano, Teatro Re, decembre 1813

初演:1813年12月18日、ミラノ、レ劇場

 ミラノでの上演にあわせ、ロッシーニは再び「タンクレーディ」に手を加えています。
 フィナーレはヴェネツィア同様ハッピーエンドですが、その前のタンクレーディのアリアなど(No.16)はフェッラーラ稿が残されています。
 アルジーリオのアリアは二つとも全く新しいものに取りかえられました。第1幕(No.4a)の Se ostinata ancor non cedi と、第2幕冒頭(No.8a)の Al campo mi chiama。どちらも難易度はそう高くありません。
 もう一つの変更点は、本来ソプラノの男装役だったロッジェーロがミラノの上演ではテノールにされたことです。アリアもテノール用に新たなもの Torni d'Amor la face (No.15a)になっています。

 この上演形態はあまり顧みられませんが、ハッピーエンドの場合の16番以降はこのミラノ稿の上演形態(16番がフェラーラ稿、フィナーレがオリジナル)が一般的です。

Ernesto Palacio
Radio Bratislava Symphony Orchestra, Slovak Phiharmonic Choir
Carlo Rizzi
Bratislava, 30 January-5 February 1990
AGORA AG 053

エルネスト・パラシオがロッシーニの珍しいアリアなどを歌ったアルバムです。《タンクレーディ》ミラノ稿のアルジーリオのための第1幕の差替えアリア Se ostinata ancor non cediが収録されています。

ミラノ稿の全曲のディスクは今のところありません。
ミラノ稿の《タンクレーディ》は、ROFとスカラ座(1993)で上演されています。後者は日本でもFMで放送されていました。ただしアルジーリオの第2幕のアリアは Al campo mi chiama ではなくて、オリジナルの Ah! segnar invano io tento でした。とはいえ、アルジーリオのもう一つのアリア"Se ostinata ancor non cedi"やロッジェーロのアリアが聞けたりと、なかなか興味深いものです。歌手ではデヴィーアのアメナイーデがとにかく圧倒的。しかし肝腎のタンクレーディ役のディンティーノが力不足で大きな穴となってしまっています。アルジーリオのヒメネス、オルバッツァーノのスルヤン、さらにはガッティの指揮も今一つで、低調でした。


AURELIANO IN PALMIRA

初演:1813年12月26日、ミラノ、スカラ座
台本:G.F.R

 《パルミーラのアウレリアーノ》は、ロッシーニがスカラ座で初めて発表したオペラセリアです。また、ロッシーニのオペラで唯一カストラートを想定して書かれたオペラでもあります。
 個々の曲には良いものがいろいろあります。ことに二重唱はどれも聞き応えがあります。
 問題は台本で、構成が悪すぎます。劇的展開が大してないのにアリアばかりが続くのでは、ロッシーニも書いていて頭が痛かったでしょう。なによりローマ皇帝アウレリアーノが圧倒的に強いだけではドラマが生じないのは当然です。パルミーラの女王ゼノービアへの愛も発展しそうで何もなし。その恋人ペルシャの王子アルサーチェと激しい取り合いになるくらいの意気込みが合っても良いでしょう。
 さて台本に憤るのはこれくらいにしましょう。初演は失敗に終りますが、しかしこれも作品の問題とは言いきれません。というのも、後にロッシーニの良き協力者となる名テノール、ジョヴァンニ・ダヴィドが不調でアルサーチェ役を降りてしまい、代役を務めたのはまだ見習程度の歌手だったからです。またカストラートのヴェルッティも既に盛りを過ぎていてかなりの批判を浴びたそうです。

 ところで、この作品が決してニ流の作品でないことは、皮肉にも別の角度から証明されています。《セビリャの理髪師》の、それもかなり有名どころの元曲がこの作品の中にあるのです。
 例えば序曲は手直しされて(《エリザベッタ》を経て)《理髪師》の序曲になっています。その後の合唱はと言えば《理髪師》開始早々のアルマヴィーヴァのアリアの旋律そのまま。第2幕のアルサーチェのアリアは(これも《エリザベッタ》を経て)Una voce poco faに変貌しています。
 ロッシーニとしては、音楽には自信があったものの、オペラそのものの再演はほぼないと考えたので積極的に転用したのでしょう。しばしば《理髪師》の陽気な序曲が「エリザベッタ」に使われると違和感がある、というような意見が聞かれますが、実はもともとはセリアの序曲だったのです。
 そんな訳で《アウレリアーノ》を聞く人は常に《理髪師》を思い浮かべて聞かずにはいられなくなっています。これはこの作品にとってはなんとも残念なことです。なぜなら、《アウレリアーノ》はもう永遠に純粋に評価されることができなくなってしまったからです。《理髪師》を知らずにこの作品を聞いてみたかったと思います。

 さて、イニシャルの台本作家が誰なのかについては錯綜しています。
 当初フェリーチェ・ロマーニだと思われていました(彼の名にはさらに頭にジュゼッペがつくことがあります)。
 ところがマーリオ・リナルディという人がロマーニに関する著作の中で、これはロマーニの台本ではなくジャン・フランチェスコ・ロマネッリによるものだと主張、以後この説が有力視されていました。
 ところがところが、最近ではこのロマネッリという人物は存在せず、やはりロマーニの台本であるという説が再浮上。実際彼は《イタリアのトルコ人》のように他人の台本の改作の場合リブレットに名前を残しませんでしたから、可能性はあると思います。

Donald George, Tatyana Korovina, Angelo Manzotti, Elisabeth Canis, Vincent Ordonneau, Alexander Alnicolli
I Virtuosi di Praga, Czech Chamber Choir
Francesco Corti
Bad Wildbad, 18 & 20 July 1996
BONGIOVANNI GB2201/2-2

バート・ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭でのライヴ録音。 この上演では、アルサーチェをソプラニスタ(男声ソプラノ)のマンゾッティが歌っているのが大きな特徴です。独特の癖はあるものの、主要三役のコントラストがはっきりつく利点はあります。テノールのジョージはなかなかいい声をしていますが、イタリア語が難。
コルティの指揮は軽快で、作品の魅力を良く引き出しています。

Ezio Di Cesare, Denia Mazzola, Luciana D'Intino, Nicoletta Ciliento, Ferrero Poggi, Paolo Orecchia, Antonio Marani
Orchestra Lirico-Sinfonica del Teatro del Giglio di Lucca
Giacomo Zani
Lucca, 28-30 September & 2 October 1991
NUOVA ERA 7069/70

マッツォーラは中音域はなかなかですが、高音域に余裕がやや不足気味です。

Paolo Barbacini, Luciana Serra, Helga Müller Molinari, Anna Maria Pizzolo, Berardino Trotta, Gian Carlo Tosi, Carlo Cava
Orchestra del Teatro dell'Opera Giocosa di Genova, Coro Gregorio Magno
Giacomo Zani
Genova, September 1981
ARS NOVA ACDAN 3164

今世紀蘇演の際の録音です。何も表記がありませんが、多分ライブではなく、並行して別に収録されたもののようです。
セッラが魅力的です。しかしそれ以外は、一時代前のロッシーニ演奏という感じで、今一つです。




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