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ROSSINI
1812-2



LA SCALA DI SETA

初演:1812年5月9日、ヴェネツィア、サン・モイゼ劇場
台本:ジュゼッペ・フォッパ
原作:ピエール・ガヴォーのオペラ《絹の梯子》(1808、パリ)への、フランソワ・アントワーヌ・ユジェーヌ・ドゥ・プラナールの台本

 ヴェネツィアに戻ったロッシーニは再びファルサを作曲します。題名の《絹のはしご》とは、密かに愛し合う恋人たちが夜の密会のために使う絹製の縄梯子のことです。


あらすじ

全1幕
 パリ近郊のドルモンの館。朝。ブランザックとの婚約が決まったジューリアに、召使いのジェルマーノが花嫁の教訓をたれようとしつこくつきまとうので、ジューリアは不機嫌。ジェルマーノを追い払ってホッとしたのも束の間、今度は従妹のルチッラが、後見人のドルモンが呼んでいると知らせに来る。ジェルマーノも戻ってくるので、ジューリアはイライラして二人を部屋から追い出す。実はジューリア、部屋の中に密かに結婚した夫のドルヴィルを隠していたのだ。ドルヴィルは、友人のブランザックが婚約者になったことに気が気でない。真夜中の再会を約束し、ドルヴィルは絹の梯子を降りて帰って行く。
 そんなこととは知らないドルモン、すぐにもジューリアとブランザックを結婚させようと考えている。ブランザックに気があるルチッラは残念がる。ジェルマーノがブランザックの到着を伝え、ドルモンとルチッラは出迎えに行く。ジューリアは、この結婚を阻むには、ブランザックとルチッラを結婚させるに限ると思いつき、ジェルマーノを利用しようと呼びとめると、思わせぶりに彼に言い寄り、プランザックとルチッラの様子を覗うよう命じる。
 ブランザックが館に到着。しかも彼は偶然出会ったドルヴィルを結婚の証人として連れて来てしまう。なんとか結婚を阻止したいドルヴィルは、ジューリアは後見人の言いなりで花嫁になるだけで、ブランザックを愛してはいない、と挑発する。しかし優男のブランザックは、ジューリアなら陥落してみせるさ、と自身満々。しかもその様子を見てもらおうと、ドルヴィルを部屋の片隅に隠れさせることにする。ドルヴィルは、見てやろう、と言いつつも不安に駆られ、ジューリアが裏切らないことを願う。ドルヴィルが隠れると、ジェルマーノも隠れてブランザックの様子を覗いはじめる。ドルヴィルは隠れる。ジェルマーノも別の場所に隠れてブランザックの様子を覗う。ジューリアがやってくるや、ブランザックは彼女を熱烈に口説きだす。ジューリアはブランザックには興味がないと言う一方で、ブランザックがルチッラに相応しい紳士かどうか知る必要があるので、突っぱねることなく彼の出方を伺っている。これを脈ありと思い込んだブランザックは、さらに熱を入れてジューリアを口説く。このやりとりに、ドルヴィルはジューリアが心変わりしたと誤解する。嫉妬するドルヴィルの様子を不審に思ったジェルマーノは、ジューリアにドルヴィルがいることを告げようとする。出てきたドルヴィルは、ジューリアに嫌味を言う。三人は、余計なことをするなとジェルマーノに怒りをぶつける。
 一方でブランザックは、ルチッラにも惹かれて口説きはじめる。ルチッラは喜びを隠せない。
 夜になり、ジェルマーノが窓を閉めに回っている。そこにジューリアが部屋に入ろうと通りがかり、真夜中の逢引きが心配だわと独り言をつく。それを聞いたジェルマーノは、逢引きの相手はブランザックだと早合点する。ジューリアは逢引きが見つかったら危険だと躊躇っている。彼女の部屋にジェルマーノがやって来るが、窓を閉める必要はないと追い返される。ジェルマーノは、ジューリアとブランザックが逢い引きすると思い込んで、大喜び。そのうちに眠気を催し寝込んでしまう。彼が寝言で「ジューリアが真夜中にブランザックと逢引する」と呟くと、それを当のブランザックが耳にして仰天。ジェルマーノを起こして詳細を聞き出す。ブランザックは、ジューリアが内気なので召使いに伝言させたのだな、と勝手に思い込む。一方、ジェルマーノはルチッラにも逢引の件を伝える。ルチッラは好奇心を刺激され、様子を伺うためにジューリアの部屋に隠れる。次いでジェルマーノも部屋に忍び込み、テーブルの下に身を潜める。
 真夜中。不安気に待つジューリアのもとに、絹のはしごを昇ってドルヴィルがやって来る。逢引にやって来たのがブランザックではなくドルヴィルだったことに、ジェルマーノは驚き喜ぶ。二人が軽く言い争いをしていると、今度はブランザックがやって来る。やむなくジューリアはドルヴィルを隠す。呼んでいないわとブランザックに怒るジューリア。しかしブランザックが「絹の梯子がかかっていたじゃないか」と返すので、ジューリアは困ってしまう。ジューリアがなんとかブランザックを部屋から追い出そうとすると、絹のはしごに気が付いたドルモンがジューリアの部屋にやって来る。ドルモンが部屋のあちこち探すと、まずルチッラが、次にブランザック、そしてジェルマーノが見つかる。ドルモンは、今すぐブランザックと結婚するよう、ジューリアに証書への署名を迫る。すると隠れていたドルヴィルが現れ、自分がジューリアの夫だと白状する。カンカンに怒るドルモン。しかしブランザックもルチッラと結婚すると言い出し、ドルモンも折れ、めでたしで幕となる。


《絹の梯子》と《秘密の結婚》

 密かに結婚したカップル、求婚者、頑固親父、第三の女性。18世紀から19世紀にかけてのオペラブッファには実によくあるパターンの物語です。
 初演当時は、話の展開、とりわけ真夜中に館の中で登場人物たちがそれぞれの行動を探り合うという状況が、大人気作であるチマローザの《秘密の結婚》のジョヴァンニ・ベルターティの台本と酷似しているとさかんに非難されました。
 たしかに強い影響は否定できないのですが、しかし両者の間には決定的に相違があることも認識すべきでしょう。
 《絹の梯子》ではジェルマーノという“影の主役”がいます。彼は、ヒロインであるジューリアを除くと、実は一番活躍の場が与えられています。この役は、秘密のカップルとヒロインの求婚者を、終始物語の枠の外から覗くかのように見ているように描かれています。しかも彼の姿は滑稽というようりは醜悪で、お世辞にも愛らしい人物とは言い難いものです。
 《秘密の結婚》は1792年初演、レオポルド2世も臨席した立派な貴族社会のオペラでした。《絹の梯子》はそれから20年後、フランス革命とナポレオンの混乱を経た後の作品です。しかもサン・モイゼ劇場は、新興のフェニーチェ劇場に押された斜陽の劇場。前者がアンシャン・レジームの雰囲気をまだ十分に残しているのに対し、後者はそれをさらに斜めから茶化しているようなものなのです。二つの作品の間には、表面上の類似点よりもはるかに相違点の方が大きく横たわっているような気がします。


音楽

 《絹の梯子》の音楽の構成は次のようになっています。
《絹の梯子》の音楽設計表へ

 全1幕ですが、第4番の四重唱が第1フィナーレの代りで、前半と後半にわかれています。

 ヒロインであるジューリアのアリアは、レチタティーヴォ・アッコンパニャートを伴った二部形式のもの。アリアには比較的長い序奏があり、コールアングレが憂いを帯びたオブリガートをつけています。前半の"Il mio ben sospiro e chiamo"では、彼女の不安が一定の伴奏リズムの繰返しの中で表現されています。後半の"Quanto pena un'alma amante"では、愛の辛さをリズミカルに歌います。

 ドルヴィルは、全体としては今一つ活躍しない役ですが、アリアは大変に立派なもの。やはりレチタティーヴォ・アッコンパニャートを伴った二部形式のもの。Andantinoの"Vedrò qual sommo incanto"はメロディーよりも高い音域でのテノールの美しい響きを大切にしたもの。一方"Ah, se per te m'accendo"はまさにロッシーニならではの溌剌としたもの。若い生命力に溢れた大変聞き応えのあるものです。

 ジェルマーノのアリアも二部構成と言えるものですが、ちょっとひねったものです。"Amore, dolcemente"は、やたらギクシャクした動きを持っています。途中でジェルマーノは眠りこけてしまい、ブランザックとの対話の場面になります。ハ長調になるのはここがほとんどレチタティーヴォ・アッコンパニャートになっているからでしょう。そして再びホ長調に戻り、怒ってブランザックに逢引の計画を漏らすAllegro vivaceの"Quando suona mazzanotte"となります(この部分の素材は後年《新聞》に転用されています)。

 ルチッラのアリアは単一構成でのシンプルなものです。ロッシーニはこの曲の素材を後に《イタリアのトルコ人》の導入にそっくり利用しています。

 第4番の四重唱がまた素晴らしいもの。まず"Sì, che unito a cara sposa"ではヴァイオリンの上昇音形が妙な緊張感を描いています。ブランザックが夫 sposiという言葉を出すと、突然二本のホルンが雄々しく響きます。ホルンは角笛で、二つの角は怒りの象徴なのです。この場合はドルヴィルが怒っていることを示しており、中間部を挟んでドルヴィルが姿をあらわすときにも同様に二本のホルンが鳴ります。三人がジェルマーノの余計なお節介に怒りをぶつけるコンチェルタートも早口に笑えます。

 そしてもう一つ忘れてはならないのがシンフォニア。冒頭のAllegro vivaceの急激に下降する音形は耳に残りますし、ピリリとした主部も親しみやすいもの。

 ロッシーニの初期のファルサの中では、音楽的な難易度は比較的高い方で、とりわけドルヴィルはテノールにとっては、扱いが軽い割には高いC音が頻出する至難の役です。この辺が上演がさほど多くない理由の一つなのかもしれません。良質な上演に出会えば、かなりの充実感を味わえる作品だと思います。


初演

 初演は、1812年5月9日、ヴェネツィアのサン・モイゼ劇場で行われました。当時の人気作、パヴェージの《マルカントーニオ氏》と二本立ての上演でした。  初演の歌手は以下のような人たちでした。


ガエターノ・デル・モンテドルモンテノール
マリーア・カンタレッリジューリアソプラノ
カロリーナ・ナゲルルチッラソプラノ(メッゾ・ソプラノ)
ラッファエーレ・モネッリドルヴィルテノール
ニコラ・タッチブランサックバス
ニコラ・デ・グレチスジェルマーノバス

 初演の評判はあまり芳しいものではありませんでした。サン・モイゼ劇場ではその後一月ほどの間に12回の上演があったといいますが、それ以外の上演はごく僅かでした。《秘密の結婚》のイミテイションという先入観が強かったためでしょうか、ごく近年に至るまで、ロッシーニの初期のファルサの中でもとりわけ不遇な扱いを受けていました(スタンダールですら《ブルスキーノ氏》の序曲を《絹の梯子》のものと誤り、混乱をしています)。頻繁に上演されるようになったのはほんの三、四十年前からです。

Fulvio Massa, Teresa Ringholz, Francesca Provvisionato, Ramon Vargas, Natale de Carolis, Alessandro Corbelli
English Chamber Orchestra
Marcello Viotti
London, 13-15 October 1992
CLAVES 50-9219

ヴァルガスのドルヴィル、デ・カロリスのブランザック、コルベッリのジェルマーノと、男声陣は充実しています。しかしジューリアを歌うリングホルツが明かに落ちます。

David Griffith, Luciana Serra, Jane Bunnell, David Kuebler, Alberto Rinaldi, Alessandro Corbelli
Radio-sinfonieorchester Stuttgart
Gianluigi Gelmetti
Michael Hempe, Chiara Donato
Schwetzingen, 6-8 May 1990
Euroarts EA2054978

Oslavio Di Credico, Luciana Serra, Cecilia Bartoli, William Matteuzzi, Natale De Carolis, Roberto Coviello
Orchestra del Teatro Comunale di Bologna
Gabriele Ferro
Pesaro, September 1988
OPRA RICORDI FONIT CETRA RFCD2003

1988年のROFのライブ録音。公演は9月2、4、6、8日にアウディトリウム・ペドロッティで行われています。
セッラのコケットリーなジューリア、マッテウッツィの気の弱そうなドルヴィル(ヴァリアンテでFまで上げています)が大変に見事。男っぽいデ・カロリスのブランザック、何とバルトリのルチッラと、脇も充実。フェッロの指揮も爽快です。録音に若干難があり。

Tullio Pane, Carmen Lavani, Tiziana Tramonti, Ernesto Palacio, Mario Chiappi, Robert Coviello
Orchestra della Svizzera Italiana
Marc Andreae
Filippo Crivelli
Lugano, 1983
OPUS ARTE OAF4023D (DVD NTSC)




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