ROSSINI 1818-1 |
初演:1818年3月5日、ナポリ、サンカルロ劇場
台本:アンドレア・レオンーネ・トットラ Andrea Leone Tottla
原作:旧約聖書
→フランチェスコ・リンギエーリ Francesco Ringhieri の悲劇《オジリデ L'Osiride》
旧約聖書に登場する古代イスラエルの預言者モーセ(註1)については、詳細を扱うと膨大な量になるので、ここではあくまで概要に留めます。旧約聖書の『出エジプト』はもちろん、それを解説した様々な書物やサイトがありますので、それらをご参照ください。
モーセの話の前に、エジプトのヘブライの民(註2)について。
旧約聖書の創世記の最後の方では、ヤコブの一族について語られています。カナンに住んでいたヤコブは、息子ヨセフを溺愛していました。彼には異母兄たちがいて、彼らから妬まれたヨセフは隊商に売り飛ばされてしまいました。ヨセフはエジプトに辿り着きます。ここで無実の罪で投獄されてしまいますが、夢解きの能力をファラオ(註3)に買われ、7年の大飢饉を予言、的中させたことから、宰相になりました。一方、飢饉のため父と兄弟たちもカナンを離れエジプトにやって来ます。ここで親子は再会を果たし、一族はエジプトで繁栄をしていきます。
しかし、時代が下がり、ファラオが代わると、ヨセフの子孫たちのあまりの繁栄に、新しいファラオ(註4)は危機感を覚え、彼らに強制労働を強いるようになります。
ある時ファラオは、ヘブライの民に男児が生まれたら殺さなねばならぬ、という命令を出しました。モーセの母は、我が子を救うため籠の中にモーセを入れてナイル河に流しました。幼子はファラオの娘に救われ、ファラオの宮殿で育ちました。
青年となったモーセは、自分の同朋が虐げられていることを知って驚き、ヘブライ人に鞭を振るっていたエジプトの役人を殺してしまいます。モーセは逃亡し、結婚して羊飼いになって暮らしていました。
ある日、燃える柴(茂み)から神の声が、エジプトに戻ってヘブライ人を解放せよ、とモーセに命じます。モーセは兄アロンと共にエジプトに戻り、数々の奇跡を起こします。ナイル河の水は血に変わり、カエルや害虫の大群が押し寄せ、疫病が流行し、メンフィスは暗闇に包まれ…。ついには初子は人も家畜も皆殺しにあってしまいました。
これにはファラオもたまらず、ヘブライ人の解放を認めます。しかしファラオはすぐに心変わりし、モーセたちを大軍で追いかけます。モーセは目前の葦の海(註5)を二つに割り、その間を通って対岸に渡ります。後を追ってきたエジプト軍は、閉じた海の中に沈んでしまいました。
その後、モーセはシナイ山でヤハウェから十戒を授かり、さらにヘブライ人たちを率い、約束の地カナンを目指して長い旅を続けたのです。モーセは120歳で亡くなりました。
註1 日本では「モーゼ」の表記も多いですが、聖書や歴史関係の書物では「モーセ」の表記が一般的です。
註2 出エジプト記では「イスラエル」を用いた表記が多いのですが、ここでは「ヘブライ」で統一しておきます。
註3 ファラオは、旧約聖書での表記はパロ。
註4 この「新しいファラオ」は、ラムセス2世だという見解があります。人物としてはあまり関連して捉えなくてよいでしょう。ただ、モーセの時代が紀元前13世紀頃という見解は一般的です。
註5 この「葦の海」は、旧約聖書がギリシャ語に訳される際に「紅海」にされてしまい、そのまま広まってしまいました。
ファラオーネ エジプトの王 バス
アマルテア ファラオーネの妻 ソプラノ
オジリデ 王位継承者[ファラオーネの息子] テノール
エルチア ヘブライの娘、オジリデの秘密の妻
マンブレ [エジプトの大祭司]
モゼ [ヘブライの預言者]
アロンネ [モゼの兄]
アメーノフィ [アロンネの姉]
エジプトのファラオは、捕囚しているヘブライの民を、一旦は解放すると約束したものの、その後それを撤回した。そのため、モゼはヤハウェ(イスラエルの唯一絶対神)に祈り、エジプトを暗闇にしてしまった。
第1幕
王宮。エジプトの民は暗闇の恐怖に怯えている。ファラオーネはモゼを呼び、太陽を戻せばヘブライの民の解放を履行すると約束する。モゼの兄アロンネは、ファラオーネが何度も約束を反故にしてきたことから、モゼに注意をする。モゼが神に祈ると、すぐさま光が戻り、人々は喜ぶ。モゼとアロンネは、ヤハウェの力を讃える。ファラオーネはへブライの民の出発を認める。
ファラオーネの息子、オジリデは、へブライの娘エルチアと愛し合っていた。ヘブライの民が出発するということは、彼にとってエルチアを失うことだった。オジリデは、モゼとアロンネの行為に憤慨している大神官マンブレに、ヘブライの民の出発を阻止するよう訴える。マンブレはエジプトの民を扇動しに行く。
エルチアがオジリデに別れを告げるためにやって来る。オジリデは彼女に、行かないでほしい、と懇願する。遠くから出発の準備をするヘブライの民の音が聞こえ、エルチアは去って行く。
ファラオーネの妻、アマルテアはマンブレに、エジプトの民が宮殿を囲み、ヘブライの民の出発許可を取り消すよう要求していると告げる。ファラオーネはオジリデに説得され、意を翻したのだ。ファラオーネは、マンブレとオジリデに、モゼに対して出発許可の取り消しを伝えるよう命じる。アマルテアは、さらなる災難がエジプトを襲うのではないかと不安に駆られる。
ヘブライの民が、出発を祝い、神を讃えている。その中で一人エルチアだけが悲しんでおり、アメーノフィが彼女を慰めている。ファラオンが解放を取り消したとの報せを聞き、モゼは激しく怒り、神の怒りを買うぞと警告する。ファラオーネも現れ、激しい言い争いとなる。モゼが杖を振ると、雷が鳴り、雹が激しく振り、炎の雨が降ってくる。
第2幕
ファラオーネはアロンネに、すぐ出発するよう伝える。ファラオーネはオジリデを呼び出し、アルメニアの王女と結婚するよう告げる。それを聞いて悲しげなオジリデに、ファラオーネは理由を尋ねるが、彼は答えない。
ファラオーネの決定の裏には、アマルテアの説得があった。モゼは彼女に礼を述べるが、アマルテアはファラオーネの気紛れな性格を心配している。
アロンネはモゼに、オジリデがエルチアと駆け落ちを考えていることを告げる。モゼは、アマルテアと共に二人が隠れている場所を捜すよう命じる。
暗い地下の部屋。オジリデは不安げなエルチアを連れて来る。彼は、父から結婚を命じられたことを告げ、二人で駆け落ちをしようと訴える。そこにアマルテアが、アロンネと兵士たちを伴なって現れる。オジリデは王位を放棄するとまで言い出すが、アマルテアの命令で、兵士たちが二人を引き離す。
その頃、ファラオーネはモゼと話し合っていた。エジプトは多数の外敵の脅威に晒されており、ヘブライの民がいなくなると、侵略を受けてしまうと、またも約束を反故にすると告げる。モゼは、エジプトの王子と全ての初子が、雷に打たれ死ぬであろうと予言する。ファラオーネはモゼを捕らえさせる。
オジリデが雷に打たれるという予言を恐れたファラオーネは、貴族たちを招集、オジリデと王位を共にすると宣言する。モゼとアロンネが引っ立てられる。そこにエルチアが現れ、オジリデと愛し合っていることを打ち明ける。そしてヘブライの民を解放し、オジリデにアルメニアの王女との結婚を受け入れるよう説得する。しかしオジリデは、エルチアこそ彼の心の女王だと言い、剣を抜きモゼに斬りつける。その時、雷がオジリデを打ち、彼は死んでしまう。ファラオーネは息子の亡骸にとりすがり、エルチアは恋人の死に激しく嘆き悲しむ。
第3幕 (※1819年の改訂後の一般的なものとは異なります)
ヘブライの民は紅海の海岸に辿り着いている。アロンネがモゼに、ファラオーネがエジプト軍を率いて近づいて来ると報せる。目の前は海で、逃げ道はない。ヘブライの民はモゼに助けを求める。モゼは跪き、杖で海に触れる。すると、海は真っ二つに割れ、道が開ける。ヘブライの民は対岸へと逃げる。その直後、ファラオーネとマンブレに率いられたエジプト軍が到着、ヘブライの民を追いかけるが、割れていた海が閉じ、彼らは水に飲まれてしまう。
ファラオーネのアリア A rispettarmi apprenda は、ロッシーニの友人、ミケーレ・カラーファの作曲したものでした。ロッシーニは1820年の上演でこのアリアを自ら書き下ろしたものに差替えています。
モゼのアリア Tu di ceppi m'aggravi la mano は、不明の第三者の書いたもの。全く冴えない曲です。
オジリデとファラオーネのアリアのカバレッタは、《泥棒かささぎ》第2幕のニネッタとジャンネットの二重唱のカバレッタの素材を利用しています。
合唱 Se a mitigar tue cure は、《アデライデ・ディ・ボルゴーニャ》の合唱に多少手を加えたもの。
アマルテアのアリア(N.7) La pace mia smarrita は、《バビロニアのチーロ》のアリアを僅かに手直ししたもの。
この1818年の初演時には、有名な〈モゼの祈り〉はまだありませんでした。この曲は1819年四旬節での上演で加えられたもので、これによって《エジプトのモゼ》は好評を得ることができたのです。
《エジプトのモゼ》の初演は、1818年3月5日、ナポリ、サンカルロ劇場で行われました。
初演の出演者は、以下のような人たちでした。
Mosè | Michele Benedetti | basso |
Elcia | Isabella Colbran | soprano |
Faraone | Raniero Remorini | basso |
Osiride | Andrea Nozzari | tenore |
Amaltea | Frederike Funck | soprano |
Aronne | Giuseppe Ciccimarra | tenore |
Amenofi | Maria Manzi | mezzo soprano |
Mambre | Gaetano Chizzola | tenore |
コンサートマスター兼指揮者は、ジュゼッペ・フェスタ Giuseppe Festa、マエストロ・アル・チェンバロはもちろんロッシーニ。
(以下準備中)
《エジプトのモゼ》 1819年3月,ナポリ,サンカルロ劇場
《エジプトのモゼ》 1820年3月,ナポリ,サンカルロ劇場
《モイーズとファラオン》
Gioachino Rossini / Mosè in Egitto / Edited by Charles S. Brauner / Fondazione Rossini / 2004 / ISBN 978-0-226-72866-7
Gioachino Rossini: Mosè in Egitto / A facsimilie edition of Rossini's original manuscript edited by Philip Gossett / Garland, New York / 1979
Eduardo Rescigno: Dizionario Rossiniano / Biblioteca Unicersale Rizzoli / 2002 / ISBN 88-17-12894-5
Philip Gossett: Mosè or Moïse? An original masterpiece restored / I Programmi del Rossini Opera Festival / 1983
トーマス・レーメル:『モーセの生涯』 / 矢島 文夫 監修 / 遠藤 ゆかり 訳 / 創元社/ ISBN 9784422211688 / 2003
ディスクは、1819年稿と、1820年稿で紹介します。
初演:1826年6月22日,リスボン、サンカルロス劇場
Maria Breuer, Donato di Gioia, Patrizio Saudelli, Timothy Simpson, Ezio Maria Tisi
Putbus Festival Orchestra, Putbus Festival Chorus
Wilhelm Keitel
Rügen, 16-19 May 1999
ARTE NOVA CLASSICS 74321 67512 2
Susanne Blattert, Olaf Haye, Eberhard Lorenz, Bruce Brys, Roland Fix
Chor und Orchestra des Rossini Opernfestival Rügen
Wilhelm Keitel
Rügen, 16-19 July 1992
Canterino CNT 1082
ドイツ語による上演。
Doina Dinu-Palade, Romano Franceschetto, Milan Voldrich, Ivan Ozvat, Michael Dale Hajek
Zilina Chamber Orchestra, Kirchenmusikverein Bratislava
Aldo Tachetti
Zilina, May 1991
RUGGINENTI RUS 551001.2
1806 | 1810 | 1811 | 1812-1 | 1812-2 |
1812-3 | 1813-1 | 1813-2 | 1813-3 | 1814 |
1815-1 | 1815-2 | 1816-1 | 1816-2 | 1817-1 |
1817-2 | 1818 | 1819-1 | 1819-2 | 1820 |
1821 | 1822 | 1823 | 1825 | 1826 |
1827 | 1828 | 1829 | appendix |